etrangerの欠片たち②歌詞解説っていうかくだらない与太話
思えば私は幼い頃からどこにいてもどこかしっくりこなかった。
家庭に居ても、幼稚園に居ても、学校に居ても私はここに居るべきではない、居場所がない、自分が汚物のように感じる、そんな風に思えて落ち着くのは眠って居る時と外で花や草や木や生き物を眺めている時だけであった。
はっきりと言語化出来てはいなかったが「私は皆と違うんだ」と記憶がある限りでは4歳くらいのころには気付いてしまっていた。
まるで自分だけが違う星から来たような孤独感と通じ合えない悲しみ。
そう、私はさながらetranger(異邦人)であったのだ。
だからというかこの歌詞は意図せずして私の半生が反映されているのかもしれない。
まぁそんなことはどうでもいい。
折角だから歌詞の解説でもしよう。
etranger冒頭の歌詞は
となっている。
この部分は愛着に問題を抱えた人間がそのまま成長し幼い面を残したまま何かに依存しながら嘘を重ねて生きるというようなニュアンスで書いたつもり。
また、私の歌詞としては珍しく英単語が随所に散りばめられている。
10key氏の素晴らしいビートに載せるにはリズムの良い言葉が必要だったという理由もあるがこれも自分としてはこの曲のテーマである「違和感」のひとつとも言えることであり面白いと勝手に思っている。
この部分(俗に言うBメロ)はメインの歌唱部分と括弧内に括られたラップ調のお囃子部分に分かれている。
この部分は通しで見てもメインの歌詞のみ、お囃子のみでも言葉の流れが成立するように作ってある。
特にお囃子はそこだけで一句詠んだような独立性がありながら全体を通しても意味が通るように試行錯誤した。
勿論その方がリズミカルになるという意図もあって。
ここはあまり解説しすぎると野暮な気もするがあたかも救ってくれそうで深みがない「淡い救い」というのは本当に足元を掬うし心には色んなものが巣喰うなぁと思う。
人の世の虚しさよ。
さてこちらは二番のBメロであるが同様の構成にしてある。
「夜半の月」という言葉は一番の「寝待ち月」との対比になるように有名な唱歌荒城の月から拝借した。
イメージは孤独な女が人の子が残らず消えた夜道を1人彷徨い、住宅街の温かな光と家庭の有り様を見て願わくばこの光が尽きぬようにと表向きは祈っている。
だが荒城に登る「夜半の月」にという言葉を敢えて使っているところからいつかは幸せそうな家庭の灯火も消え朽ちていくのだろうと皮肉な気持ちも持っているのを暗示している。
こちらはサビ部分である。
一番盛り上がる部分なので皮肉や暗いことばかり言っている他の部分を補うため、ここをひとつの落とし所にしている。
この女がこれからどうなるかは分からない。
ただ、憂鬱や孤独の中にあっても歌を口ずさむというある種ポジティブな行動を取っているところからきっと次の日も葛藤しながら生きていったであろうことは予想出来る。
閉じ込めて隠していても「希望」は消えず、消さずにそこで待っているのだ。
本気になれば拾い上げて抱き締めて走ることもできる。
生きてさえいれば。
ハッキリとしたポジティブさではないが一筋の希望が見える様に意識して書いた。
この歌詞はあたりまえだが私の経験や私が楽曲のイメージを膨らませて創作した物語準拠で書かれている。
しかし人と人が関わる時に生じる違和感や悲しみやちょっとした不快感はどのような人も感じたことがある感情だと思う。
ひとりとして同じ人が居ない以上、全ての人がどこかしら誰とも分かり合えない部分を抱えた孤独なetrangerなのだと言うことも出来るのではないだろうか。
【万が一「etranger」を聴いたことなくてここに迷い込んだおきゃくさまはこちらからMVをドウゾ!】
さて、語るべきことはこのくらいであろうか。
どのくらいのリスナーの方がこの散文を読んでくださっているかは分からないがイメージされていた意味とは一致しただろうか。
していなかったらどうイメージされたかを是非教えて頂きたい。
恐らくお察しの通り私は大変暗い性格の持ち主ではあるが、人と交流したい気持ちは余るほどあるので。
それでは乱筆乱文大変失礼。
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