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南瓜太郎がやってきた!

(1)

ある日のこと、僕は近所の川に洗濯にでかけた。
どういうわけか、先週から洗濯機が動かないのだ。だましだまし使っていたのだが、かなり古いものだから、寿命が来たのかもしれない。なにしろ、大学を卒業したあと、一人暮らしを始めた時に買い求めたものだ。もう15年になるだろうか。いや、もっとだ。かなりさばを読んでしまった。

「そろそろ買い替え時かもしれんな。」

そう思っていた矢先に、いよいよ動かなくなってしまった。
今ではどこの家庭にもあるドラム式の全自動だ。当時は、それでも、自慢の洗濯機だった。なにしろ、洗濯から乾燥まですべて自動でやってくれるのだから、男所帯には嬉しいことこの上なしだった。友達にも自慢した。今ならすぐにインスタに投稿するところだ。
しかし、それにしても、動かない。うんともすんとも、動かない。
「なあ、頼むから。あと少し頑張ってえな。なあって。」
なだめても、すかしても、やはり、動かない。


もうあと二ヶ月もすればボーナスが出るはずだった。たとえ雀の涙であっても、ボーナスはボーナスだ。そこまで頑張ってくれれば、新しいものに買い替えようとも思っていた。


「しゃーないな。どないしょ。」


風呂場にしゃがみこんでしばらくぼんやりと考え込んだ。大きな洗面器に水を張って、じゃぶじゃぶ手洗いするしかないか。しかし、そのときふとひらめいた。


「そうや!川に洗濯に行こか!うん、そないしよ!」


いまどき、川で洗濯など、どうかと思う。だが、天気も良い。風も心地よさそうだ。とくれば、まさに川で洗濯日和ではないか!
確かに外に出てみると、気分が変わった。大きめの布の袋に、汗臭い下着やワイシャツなどなど詰め込んで、それをかついですたこらスタコラ歩く。
「うん、悪くない」
袋から、汗の臭いと靴下の、納豆をこすりつけたような独特な匂いがプーンと漂ってきても、それを爽やかな風がどっかに運んでいってくれた。まあ、確かに、行き交う人が、少し鼻をつまんだり、足早に走って行ったりしていたから、爽快なのば僕一人のようだった。


「さてと。ここらへんで洗おか。どっこらしょと。」


僕もいつの間にか「どっこらしょ」を連発するような年になっていた。あっという間だ。ついこの前、大学を卒業したと思ったら、もう40が見えてきている。まだまだ先の話だと思っていたのに、いつの間に時間が経ってしまったのやら。


「何やってるんや、この僕は・・・」
さすがに、川の水で汗染みのついたシャツを洗っていると、虚しさがこみ上げてきた。

するとどうしたことだろう!

川の上流から、大きな大きな、とてつもなく大きな緑色の物体が流れてきたではないか。
「なんや?けったいなもんがながれてきたで!」
よくみてみると、それは、ゴツゴツした感じの南瓜。。。

なななんと、南瓜かぼちゃではないか!
そのかぼちゃが、どんぶらこ、どうんぶらこ、と流れてくるのだから、ほんとうにたまげた。やがて、そのかぼちゃは、僕の洗濯場のちょっと斜め前にあった、少し大きめの岩に大きな音を立てて当たった。

ゴツン!

その拍子にそのかぼちゃは真っ二つに割れた。すると、中から出てきたのは、やたら大きな頭をした子供?らしかった。

「わー、外はめっちゃ気持ちええな。」
関西弁?
「待った?僕のこと、待ってた?なあなあ。」
突然その子がしゃべりだした。
「別に。待ってへんで。」
僕も思わず返事を返した。すぐに返すのは最近の習わしだ。
「ウソ!」
「ウソじゃないって。待ってへんで」
「だってだって・・・」
一瞬うなだれた様子だったが、すぐに、
「ジャジャーン、呼ばれて飛び出すジャジャジャジャーン!」
立ち直り、はや!
「ねえ、呼んだでしょ?呼んだやんなあ」
「呼んでないよ」
「え?」
「呼んでないよ。何度も言うてわるいけどな」
「えー!!!」

その子は割れたかぼちゃにへたりこんで、じたばたした。しかし、それも束の間、すぐに気を取り直すと、
「なあ、友達になろうや。おみやげあるで」
「おみやげ?」
「うん、これ食わへんか?」
「何?」
「南京豆」
「・・・」

いまどき南京豆などという日本人がいるのだろうか。いや、いるな。ひとりいる。この僕だ。子供の頃から、親が「ピーナッツ」などという横文字ではなく、いつも「南京豆」というのを耳にしてきていたからだろう。口を突いて出てくるのは「南京豆」。「ピーナッツ」ではない。ただし、ピーナッツバターだけは例外だ。あれを南京豆バターと言ってしまった日には、とてもパンに塗る気がしない。あれはやはり「ピーナッツバター」でなくてはいけない。

「あ!」

そういえば前の晩、ビールのつまみがなかったので、つい思ったかもしれなかった。


(南京豆食べたいな・・・)

「な、呼んだやろ?」
「でもな、南京豆とは言うたけど、南瓜かぼちゃとは言うてへんで」
「細かいこと言いな」
「別に細かないで。全然別物やんか。」
「そやから、その南京豆をもってきたったんやんか」
「うー!!!」
唸るしかない。
「まあ、その豆。もろとくわ」
みやげにめっぽう弱い僕だ。
「そないし。うまいで」
「ありがとう。ほな、ぼちぼち洗濯も終わったし、帰るわな。ほなまたな」
「ちょ、ちょ、ちょっとまってえな。普通、家に連れて帰るやろ?」
なかなかしつこく食い下がってくる。
「それは桃太郎やんか。うちに連れて帰るんは、桃や!かぼちゃと違うで。桃や!桃やで!」
「大して違わへんやん。」
大違いだ!
どちらもたしかに美味い。大好物ではある。あの、ホクホクしたかぼちゃ。パイにしてよし、煮物にしてよし。飾り切りした京風のかぼちゃの煮物。たまらん!しかし、まったくの別物だ。日本昔ばなしでは、むかしから決まっている。

桃だ!


そして、中から出てくるのは、だから桃太郎だ!
ということは、この子は・・・

南瓜太郎!!!

(2)

帰る道道、南瓜太郎はひたすら喋っていた。

「なあなあ、うちに帰ったら何するん?」

少し神戸なまりか?

「いや別に何も」

「そんなんつまらんなあ。なあなあ、一緒に遊ぼうや。なあて」

「なにして?」

「えっとえっと、南京玉すだれ」

「ありえへん」

「ほなほな、缶けり」

「もっとありえへん」

道すがら、行き交う人は皆、ブツブツ独り言を言っている僕を怪訝な顔で見ていた。きっと頭がおかしくなったとでも思ったのだろう。事実、おかしくなったのかもしれない。だって、南瓜太郎と連れ立って歩いているのだ。どう考えてもまともじゃない。いや、待てよ。僕以外の人には、南京太郎が見えていないのではなかろうか・・・

「なあ、そんならなあ、歌うとうたろか?なあ、聞きたいやろ?」

取り立てて聞きたいわけではないが、聞きたくないといってもお構いなしに歌いだすに決まっているのだ。だんだんこの子の性格が飲み込めてきた。

「ああ、歌っていいよ。」

「わーい、やったあ。何をうたおうかな。えっと、えっと・・・うんちゃらぴっちゃほげほげ、うんちゃぴっかかホイホイ。うんちゃらぴっちゃほげほげ、うんちゃぴっかかホイホイ。えっとな、これな、僕の星で今一番人気やねんで。続きをうとうたろか?聞きたいやろ?」

だんだんこのテンションにも慣れてきた。

「うん、聞きたい」

「やったあ。なあ、僕ら、ええコンビやな」

「そやな。ところで、今、僕の星って言うたやんか」

「うん、言うたで」

「その星って何なん?どこの星?名前はあるんか?」

「あるで、あるで。めっちゃええ名前の星やで。聞きたいやろ?」

「ああ、めっちゃええ名前の星のこと、聞きたいな」

「よっしゃ、まかしとき。なんぼでも聞かしたるで。うんちゃらぴっちゃほげほげ、うんちゃぴっかかホイホイ。うんちゃらぴっちゃほげほげ、うんちゃぴっかかホイホイ。」

心から楽しそうに歌っている南瓜太郎。どこをどう見ても不思議なこの子が、なんだか可愛く思えてきたから不思議だった。

「そしたら、そろそろ家に着いたしな。部屋でゆっくり聞かしてもらうわ」

「うん、ええで、ええで。なんぼでもな、たっぷりこってり聞かしたるで」

それから、延々と南瓜太郎の生まれ故郷の話を聞くこととなった。


(3)

「あんな、うっとこな」

家に着くなり話しはじめた。

「あ、ちょっとまって。洗濯物を干してしまうから」

「そやな。すまんすまん。ほな、待っとくわな。はよしてや」

このやりとりは、まるで近所のおっさんだ。

天気もすこぶる上々、この調子だとあっという間に乾くだろう。上機嫌の南京太郎は、相も変わらず意味不明な歌を歌っている。よほど楽しいのだろう。

「なあ、南京豆食べへんか?お腹すいたやろ?」

また南京豆だ。

「そやな。ほな少し貰おか」

「よっしゃ。沢山あるで。なんぼでも食べてや」

まるで魔法使いのように、南京豆が出てくる。

「うん、ありがとう」

「ええで、ええで。うまいやろ」

改めてこの子の顔を見てみたが、どこをどう見てもかぼちゃ顔。しかし、慣れとは恐ろしいもので、だんだんと可愛く思えてくるから不思議だ。

「ほんならボチボチ始めよか」

「え?何を?」

「もう、忘れたんか。いややなあ、もう。僕の星の話やんか。さっき、聞きたい言うてたやろ」

無理やり言わされた感は否めないが、とりあえず

「あ、そうやった。ごめんごめん。そんなら聞かせてんか」

「ええで。あんな、僕の星はな、そこを出てな、まっすぐ行くやろ。それからずーーーーーっと歩いていくんやんか」

「星に歩いていくんか?」

「まあまあ、最後まで聞きいや」

「うん、わかった」

「ほな、続けるで。ほんでな、ずーーーーーっと歩いて行くやろ。そしたら、信号を三つ超えるんやんか。それからや、大変なんわ。大きな大きな川が流れてるところに来たらな、白鳥に乗ってその川を渡るんやんか」

「白鳥か?」

「そやで。めっちゃ大きな白鳥や。ただでは渡してくれへんから、南京豆を渡すんやで。そしたらな、白鳥は、えらいおおきに、言うて食べはるねん」

この調子だと、生まれ故郷の星にたどり着くまでに、夜が開けてしまうだろう。まあいい。じっくりと付き合うこととしよう。南京豆でも食べながら。




(ふとインスピレーションが降りてきたものですから、書き始めました。この物語もどんどん更新していきますね。乞う、ご期待!もしよろしければ、おススメとサポートを何卒お願いいたしますm(_ _)m From 桃とかぼちゃと野菜たちが大好きなサンシャインよりてんこ盛りの愛と感謝を込めて)


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