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「自閉症」の歴史シリーズ②アスペルガー症候群とは何だったのか

・序章

前回の記事で自閉症という診断名が統合失調症の自閉性という症状に由来している事をお伝えしました。2020年現在、自閉症関連の疾患については

「自閉性スペクトラム障害<autism-spectrum-disorder>」

という診断名に統一されています(アメリカ精神医学会の診断マニュアルDSM−5より)が、その一つ前の診断マニュアルDSM−4TRまではアスペルガー症候群という診断名が自閉症関連の診断に名を連ねており、さらにもう少し遡ると「広汎性発達障害<pervasive-developmental-disorder>」という診断名が、現在の自閉性スペクトラム障害に替わる診断名として使用されてきました。当時診断を受けられた方の中には、現在もこれらの診断名で手帳を取得されている、という方も少なくないのでは?と思っています。こうした診断名の変遷は、自閉症という症状についての理解が深まる過程の中で、より的確にその疾患群の症状を表現する名称が模索される試みから生じてきたものであり、個人的にも「広汎性発達障害」という漠然とした何のことやらさっぱりピンとこない名称よりは、自閉性スペクトラム障害という名称の方が、より疾患群の特徴を的確に表現していると感じています。

しかしながら、これら診断名の変遷が当事者やご家族はじめ一般の方々の混乱を招いて来た面は少なからずあることでしょう。そこで今回は、何故このように診断名の変遷を辿ってきたか、という点にフォーカスを当ててお話をしていけたらと思います。

・歴史に消えたドイツの小児科医

前回レオ・カナーという方が自閉症に関する最初の報告をした事をお伝えしました。それが1943年の話でしたね。時代背景からすると、第二次世界大戦真っ只中の出来事であった、そしてカナーがアメリカの研究者であったという点をまず抑えておきたいと思います。

同じく第二次世界大戦の最中1944年、まだナチス政権下にあるドイツに1人の小児科医が4人の子ども達に共通して見られる特徴について報告書をまとめました。「共感性の欠如、友人関係の構築能力の欠如、一方的な会話、興味範囲の限局と極めて強い没頭、ぎこちない動作を含む行動・能力パターン」というその特徴について彼は「自閉的精神病質」と命名しました。そして上記の「興味範囲の限局と没頭」が特異的な知識、能力に繋がる事を見出し、彼は子ども達のことを「小さな教授たち」と呼びました。小児科医の名はハンス・ユーゲン・アスペルガー。実は彼もまた子ども達と同様に、自身の幼少期を振り返ると「小さな教授たち」と同じ特徴を有していたのだそうです。

この小さな教授たちの特徴は、いわゆる「イディオ•サヴァン(サヴァン能力)」と呼ばれる、一部の突出した能力を持つ天才的な才能を指していたと考えられます。相対性理論で有名なかのアインシュタインも現在でいう自閉性スペクトラム障害に該当し、このサヴァン能力を有していたと云われています。

第2次世界大戦の最中にこの2人の医師が報告した子ども達の特徴には「自閉性」という共通点が見られたものの、アスペルガーの報告にあるような特異的な知識能力について、カナーの報告では特に言及はされていませんでした。そして、世界大戦真っ只中のアメリカとドイツの2人の医師は、互いの研究報告について全く情報共有はありませんでした。敵対国同士なので当然と言えば当然です。

アスペルガーの書いた論文は全てドイツ語で、そしてドイツは敗戦国となります。アメリカを中心にカナーの研究報告が広まる一方で、アスペルガーの研究はやがて歴史の中に埋れていきました。アスペルガーは1980年74歳で亡くなります。

・ローナ・ウイングによる再発掘

アスペルガーが亡くなった翌年の1981年、イギリスでローナ・ウイングという研究者がアスペルガーの研究を再発掘し、カナーの提唱した自閉症モデルとは異なる臨床像を有する自閉症児の研究報告があることを世界に発表します。このウイングの報告を機に、自閉症の中でも「カナー型(言語の遅れや知的障害を有する)」と「アスペルガー型(言語の遅れはないが明らかに社会性に困難さがある)」の2つのタイプが存在すると考えられるようになり、やがて自閉性と知的能力とは分けて考えられるようになったことから、知的な遅れの見られない自閉症児を「高機能自閉症」と呼んだりするようになりました。

ウイングはそうした類型論的な捉え方に異論を唱え、「自閉症スペクトラム」という概念を提唱します。この自閉症スペクトラムの概念は、以後の診断基準に大きな影響を及ぼしていくことになるのですが、これについてはまた別の記事で詳しくお伝えしたいと思います。

・アスペルガー症候群という診断名の採用と除外の変遷

上述のローナ・ウイングの功績によりアスペルガーの研究が再評価され、1994年にはDSM−4で「アスペルガー症候群」という診断名が「広汎性発達障害(ざっくりいうと自閉症関連の障害の大枠)」のカテゴリーの一つとして採用されます。しかしこの「広汎性発達障害」という診断カテゴリーについては多くの議論を生み出しました。自閉性障害関連の発達特性が幅広く見られる事から、それを表現する為に「広汎な発達の障害である」というニュアンスで名付けられたのですが、「あいまいすぎる」「過剰診断を生みやすい」「本来の自閉性スペクトラムの特徴がまったく反映されていない」と非難轟々。

90年代から2000年代にかけて自閉症研究も盛んになり、遺伝子研究や脳科学研究も進められていきました。「そうした中で統合失調症と自閉症の違いはどこにあるのか?」「自閉症と定型発達(最近はこの言葉もあまり聞きませんが、以前は特に診断の下っていないお子さんについてこのように呼ぶ事がありました)の違いはどこにあるのか?」といった事がそれらの研究の中で次第に解明される過程において、「自閉症とアスペルガー症候群とを分けて考えることは臨床的に特に意味はなく、むしろ自閉性スペクトラムの一連の疾患群として捉えるべきだろう」という考え方が採用され、2013年のDSM−5からアスペルガー症候群の診断名が削除されることになりました。これはまさにウイングが提唱した「自閉症スペクトラム」の概念を精神医学が採用したのだと言えるでしょう。


アスペルガーとウイングの研究があったからこそ生まれたアスペルガー症候群という診断名は、同じくアスペルガーとウイングの研究が裏付けられたことで診断マニュアルから削除されることになったのでした・・・。


本日のお話はここまで。

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有資格者の心理カウンセラーが自身のうつ病経験のしくじり体験談やそこから復職にいたるまでのコツや、病気と付き合う為のノウハウを記事にしています。遠隔カウンセリングも行っておりますので、なかなか外に出るのが難しかったり直接人と会うのが苦手な方もお気軽にお問い合わせ下さい☺️