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「自閉症」の歴史シリーズ③ウイングがあばいたカナーの功罪

前回の「自閉症」の歴史シリーズでアスペルガーの研究報告を再発掘したローナ・ウイングという人物について、今回は掘り下げていきたいと思います。

●ウイングの四つの功績

ウイングの功績として広く知られているものが大きく分けて3つあります。

一つ目は敗戦国ドイツの歴史に埋もれていたアスペルガーの再発見。これは前回のお話でお伝えした通りです。

二つ目は「ウイングの三つ組」と呼ばれる、自閉症の症状について主症状を明確に特徴づけた、いわば「診断基準の指針」に関する報告です。ウイングの三つ組とは、①社会性の障害、②コミュニケーションの障害、③想像力の障害、という自閉症における3つの特徴的な症状を指します。一つ一つを掘り下げていくとそれだけで3つの記事になってしまうのでここでは言及を避けますが、このウイングの三つ組は後の診断マニュアルの作成に大きな貢献を果たしました。

三つ目は「自閉症スペクトラム」という概念の提唱です。2020年現在、自閉症は「自閉性スペクトラム障害」という診断名としてDSMー5(アメリカ精神医学会が作成している診断マニュアルの第5版です)に記載されています。スペクトラムとは、「一連の」とか「連なった」あるいは「帯状の」という意味を持ちます。

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上記の拙い画像解説ではありますが、イメージとしてはこのように「自閉的特徴というものは人間誰しもが少なからず持っていて、それがある程度強くなって日常生活で困りごとが多くなってくる人と、それほど自閉的特徴が強くないので日常的に困る場面が少ない人とがいるけれど、両者の間に明確な境界線はありません」というのが自閉症スペクトラムの概念の画期的な特徴でした。当時の精神医学の中では「健常」と「疾患」の間に明確なラインが白黒付けられるような認識が一般的であり、「誰しもがその特徴を持っているけれどもその特徴の現れ方によって生きづらさが変わってくる」という考えは「健常と疾患」の間にあった壁を打ち壊すような概念であったといえます。

先述の通り、現在の診断マニュアルでもこのスペクトラムの概念が採用されており、「自閉症」や「アスペルガー症候群」あるいは「広汎性発達障害」と呼ばれていた診断群は一律「自閉性スペクトラム障害」という一連のスペクトラム上にあるものという理解へと結びついていきました。(※診断名が変わったからと言ってご本人たちの生きづらさに変化があったわけではありません。あくまで臨床上での区別をする必要がなくなった、という医療側の見解です。)

ここまでの所でウイングの功績として三つご紹介をさせていただきましたが、この三つの功績をあげるにあたり、ウイングには一つの執念、のようなものがありました。ウイングがこれらの功績をあげた1980〜90年代、自閉症のお子さんやその保護者には苦々しい言説に多大な苦痛を感じていました。その言説とは「自閉症は親の愛情が足りないから発症する」「親の養育の仕方に責任がある」という養育原因論説でした。これは、自閉症のお子さんを日々苦心苦悩の中で懸命に育てる保護者の心に追い討ちをかけるような仕打ちであり、ウイングはこうした言説に常々反発と苦々しさを感じていたのでした。何故なら、ウイング自身もまた、自閉症の娘さんを持つ保護者の1人であったからです。

ウイングは1962年に他の自閉症児の保護者と共に、英国自閉症協会を設立し、同センターの顧問も務めていました。自身が自閉症児の母親であり、そして身の回りにも多くの保護者がいたウイングにとって、上記のような養育原因論説はとても受け入れがたい言説であった事でしょう。そして、その養育原因論説はあろうことか、「自閉症の発見者」として当時名を馳せていた、かのレオ・カナーに支持されていたのです。自閉症研究の第一人者から、自分達保護者を追い詰められるかのような言説があり、さらに第一人者の言うことであれば世間はそれを支持する、というのも想像に難くない現象です。ウイングの心中に想いを馳せると、胸が締め付けられる思いです。

こうした背景から、ウイングは「自閉症が親の養育によるものではない」事を立証する為に研究を進め、様々な文献をあたる中でアスペルガーの再発掘に至ったのでした。そしてウイングはその立証に成功しました。

つまり彼女は、上記三つの研究報告を以て「世界中の自閉症児の保護者の心を救った」という第4の功績をあげることに成功したのです。


●カナーの功罪、その背景

カナーは確かに、自閉症児の保護者を結果として追い詰めるような主張を行なっていました。その背景には、彼がアメリカで初めて「児童精神科医」を名乗った医師であった事、ハリー・スタック・サリヴァンというアメリカの精神科医の著書の影響を受けていた事が要因として挙げられます。サリヴァンは人間の他者との関わり方に関する発達段階を5段階に分ける発達論的アプローチの提唱者であり、統合失調症の発症過程についてその発達論的アプローチからの説明を試みた研究者でした。その発達論的アプローチの5段階の発達段階(乳児期、幼児期、児童期、青春期、成人期)のうちの幼児期に家族との関係形成が失敗する事で「精神発達遅滞を伴わない対人関係の障害」が引き起こされる事を提唱していました。カナーはこのサリヴァンの研究を受け、幼児期に家族関係の形成がうまくいかない事で起こる対人関係の障害が自閉症であると考えました。

その一方でカナーは自閉症の範囲を非常に限定的に捉えており、言葉の遅れ等が見られるケースを中心に考えていた為、アスペルガーの報告していたような「言葉に遅れのないものの明らかに社会性の障害や強いこだわりがあるケース」を自閉症には該当しないものとして考えていたようです。この点もウイングの実感とは異なる点だったようで、ウイングが自閉症協会の業務を通じて出会ったお子さん達の中には「言葉に遅れが見られずとも自閉症的な特徴を示すケースが少なからずある」という印象を持っていたようでした。

●ボウルビィによるマターナルデプリベーションの報告

児童精神医学者であったジョン・ボウルビィが1951年にマターナルデプリベーションという乳幼児期に見られる危機的な症状について報告を行いました。これは第二次世界大戦後、戦災孤児の未成熟な発育や低免疫の症状について調査を行なっていたボウルビィが、「新生児期に最も親しい人を奪われたり危険な環境に曝される等の体験をする事で、発達の遅れや免疫の低下、精神的な問題を引き起こすことの総称」として提唱した概念でした。ボウルビィの提唱したマターナルデブリベーションは後にWHOによる戦災孤児のための福祉プログラムの根幹となっていきます。

カナーが「小児精神分裂病」を世に出して以来、世界の中ではこうした戦災孤児のケアについての関心も高まっていくという背景がありました。ボウルビィの研究報告がカナーの考えにどの程度の影響をもたらしていたかは推し量る術もありませんが、こうした世界的背景の中でカナーが、自閉症について「保護者との関係性に原因があるのではないか」と考えに至ったことも、今となっては自然な流れではないかと思えます。


このように自閉症についてはこの70年余りの中で、その発症についての考え方や診断範囲、診断基準が大きな変遷を伴ってきました。その中で特に影響のあった三人の研究者について、ここまでの3回でお話をさせていただきました。この三人の研究者のいずれも、誰が優れているとか、誰が悪いということではなく、この三人の研究者の研究報告があったからこそ、現在の自閉性スペクトラム障害に関するより科学的に妥当性の高い理解が深まって来たのだと私は考えています。


本日のお話はここまで。

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