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#2言の葉ひらり_鯉のぼり(3/3)

出世は仏教用語


 鯉のぼりは立身出世を表象するものですが、私達が使う「出世」という語義もまた概して新しいものです。用例としては近世初期の井原西鶴『武家義理物語』(1688年)あたりに見られます。

この香炉の主とは、兄弟の約束深く出で合ひしに、我出世のためにならずと、古里を出て都の方に上られしを、
(この香炉の持ち主とは、深い兄弟の約束を契っていたが、自分がいては出世の妨げになると、そのお方は故郷を出て都の方へ上られましたが)

『武家義理物語』

もともと出世という語は仏がこの世に現れ出ることから始まります。やがて僧侶で高位につくことを指すようになり、現在のように、立派な身分になることを意味するようになったと考えられます。それ以前の時代、つまり江戸を遡り、例えば鎌倉時代(1252年)成立の『十訓抄』などを見ると、次のような言葉にあうことができます。 

道道の才芸も、また父祖には及びがたき習ひなれば、藍よりも青からむことは、まことにまれなりといへども、かたのごとくなりとも、箕裘(ききゅう)の業(ぎょう)をつがざらむ、くちをしかりぬべし。
(道々の才芸も、父祖にも及びがたくなっていくのが世の常であって「藍よりも青くなる」ことはたいそう稀有であると言っても、たとえ形ばかりでも父祖の業を継ごうとしないのは、残念に違いない。)

『十訓抄』

 道々の才芸も、 ここに引用されているのは次の句です。

「青は藍よりいでて藍より青し」
青し青色の染料は藍からとるが、その色は原料の藍よりも青い。転じて、弟子が師を越えること。

「出藍の誉れ」としても知られるこの句は師の教えに従い、熟達し、師を超えていくというもので、そこには克己という精神性が感ぜられます。身分が固定的であった社会においては社会的階級を上げるという外的な栄達を顕現する語彙が乏しかったのではないかと想像されます。現代は多様な価値観のなかで幸福とは何かが問われる時代です。「高位高官」の意義や「高い志」の指す内容も自ずと変化していることでしょう。

 子どもたちは鯉のぼりにどのような思いを重ねるのでしょうか。そっと尋ねてみたい気が致します。
(引用した『武家義理物語』『十訓抄』の原文は『新編日本古典文学全集』(小学館)に拠る。なお振り仮名表記、返り点は私に改めた。)

<#2言の葉ひらり_鯉のぼり 終わり>


[参考文献]
北原保雄・吉見孝夫編著(1987)『狂言記拾遺の研究』勉誠社
北原保雄・小林賢次(1991)『狂言六義全注』勉誠社 
斎藤良輔編著(1997)『新装普及版日本人形玩具辞典』東京堂出版 
天理図書館善本叢書和書之部編集委員会(1984)『天理図書館善本叢書和書之部第六十三巻鷺流狂言傳書保教本四』八木書店
笹野堅校訂(1942)『能狂言 大蔵虎寛本 中』岩波文庫 
森銑三・北川博邦監修(1983)『続日本随筆大成別巻 民間風俗年中行事上』吉川弘文館 

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