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ため口の難しさ

バイト仲間との会話で敬語を使うかため口を使うか。

これはバイト先の雰囲気などにもよると思うが、難しいなと思うことがある。

私がバイトをしているのは地元のホームセンターで、店に来る人は気品のあるおばさまでも香水を身にまとうイマドキ男子でもない。近所のおじいちゃんがのんびり買い物に来るようなところだ。店長もアルバイトの学生たちを孫のように(年齢的には店長の子供ぐらいなのだがw)甘やかすおじさんで、パートのお母さんたちもおしゃべりしながら和やかな雰囲気で働くような店。私がこの店でバイトをし始めて、半年が経ったが、みんなと仲良くなることができ、ここでバイトができて幸せだと思うくらいだ。

ここでため口の話に戻るが、私が最近ため口を使いだしたバイト仲間がいる。M君だ。

M君は私よりも後からバイトに入ってきて、年は私の3歳下だ。

M君と最近よくバイトの時間がかぶり、顔を合わせる日が多くなった。私はバイト中は年齢問わずみんなに対して敬語を使うようにしていたので、M君とも敬語で話していた。もちろんM君も私に対して敬語で話していた。

しかし、二週間ほど前、何の前触れもなく、M君がいきなりため口で話してきた。

私は年下にため口で話されるという機会もなかったので少々驚いたが、不快な気持になったわけではない。ただ、驚いたのだ。

「何の前触れもなく」というのは、私がM君とある日会話がはずんで仲良くなってその次の日に…というわけではない。M君と数日間連勤が被って大変な仕事を乗り越えて…というわけでもない。

私は困惑したが、その日はなぜか私が敬語、M君がため口という変なやり取りを繰り広げた。

その日以来M君は私に対してため口を使うようになった。

何か私が知らない間にM君がバイトでため口を使おうと決心する出来事があったのかもしれないが、それはまだ私にはわからない。そしていまだにM君がほかのバイト仲間にもため口で話しているのかは確かめていない。ふと一つ思ったのは、私と同い年のバイト仲間(その子はバイト仲間というより幼馴染の地元のいつめんなのだが)は、公私混同を絶対したくなくてバイトでは絶対に敬語を使うという信念をもっているので、M君がため語を使って気分を害していないか普通に不安になった。

でもきっと、M君はバイトに慣れてきて、バイトがアットホームな雰囲気だからため口を使うようになったんだと思う。そして最初はわからなかったが、意外とお客さんと接するときも明るく社交的な雰囲気を出しているため、バイト仲間で仲良くしたいという気持ちをため口としてあらわしたのではないか、とも考えた。

ため口ごときでこんな深く考えるのはおかしいとも思ったが、私はこの考えに至って、M君がかわいく思えてきたのだった。

それ以降私もM君とため口で話そうと決めた。

そう、決めたのだ。

私にとって、そんなに仲良くない人に対してため口を使うのは初めてだったのだが、ため口で話そうと決めた。

しかし、決めたはいいものの、ため口が難しいことに気付いたのだった。

そもそも、バイト中にため口を使うことが私にとっては初めてで、さらにため口で話す相手がそこまで仲良くない。違和感しかないのだ。

ため口で話して、二人の間にあったうっすい壁が壊れるはずだったが、ちょっと厚くなった気さえするのだ。ため口で話すと違和感と微妙な気まずさのようなものを感じて、緊張感が増した気がした。

これは、「ため口で話すと距離が近くなるような気がする」という本来の使用目的から遠ざかる異常事態である。

これでは年上として申し訳ないし、もっと気楽にため口で話せないものかとバイト中ほんの少し悩んだりした。

私がなぜこんな長文になるほど考えを巡らせ、悩んだかというと、M君にため口で話されて私は敬語で返した数日間がM君に対して少し申し訳ないと思ったからだ。バイト中は敬語で話すという信念を持っているのだったら、それを曲げる必要はないと思うが、私はむしろバイト仲間と気楽にため口で話せて楽しいバイト生活を送れたほうが何倍もいいと思っているのだ。きっとM君もその気持ちがあるのに(あくまで推測だが、勝手に決めつけた)それに応じないのは同じ考えを持つ同志を逃すということで、惜しいことだ。

私はM君の「バイト仲間として仲良くやっていきましょう」という気持ちを受け止めてあげたいのだ。そして同じ気持ちがあるということを伝えたいのだ。

ただそれだけなのに、M君とため口を使うことは難しく気まずいと思ってしまった。

ところが、今驚いている。この自分の中に秘めた熱い思いを文章として綴ったら、なぜかこれから先、M君とため口で気楽に話せる気がしている。

ため口でも敬語でも、相手とのコミュニケーションはまず自分の中に統一された意思や感情があることが大事で、それがあってこそ相手にきちんと気持ちが伝わる。

私は今まで、M君とため口を使うとき、「M君と仲良くないのにため口を使っていて変じゃないか」や「バイトでため口で話すのはおかしくないか」という気持ちが心の中にあった。それが、M君とのため口での会話に少々の気まずさを加えてしまったのだと思う。しかし、この文章を書いて気付いた。私はただバイト仲間と楽しく気楽に働くことを一番望んでいるのだと。

この意思を表すつもりでM君とため口では話せば、きっと本来のため口の効果が発揮されると思った。

次バイトでM君に会った時、M君が敬語で話してきませんように。



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