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30秒だけください 1

───これは、僕と一匹の猫の物語。
突然始まって、突然終わった、儚い物語。


 始まりは、一年前の夏のこと 。
その日は、日中はよく晴れていて、夕方頃、急に降り出した。(やっべ.…傘忘れた)僕はそう心の中で呟きながらバスを降りた。(バス停で止むのを待つか…)僕は、バス停のベンチに腰掛けると、携帯を見始めた。ザーッという雨の音が響くだけの時間が続いた。…しばらくして、僕は外の様子を確認しようと顔を上げた。すると、道路の反対側に何かが動くのが見えた。僕は近くで見ようと思い、道路を渡った。(あ…猫だ)それは、茶色く汚れた猫だった。その瞳は、ひどく怯えているように見えた。でも 、不思議と僕から逃げようとはしなかった。僕はしゃがんで猫の方を見た。僕と猫は、そのまましばらく見つめ合っていた。…やがて、猫は僕の方へ歩み寄った。そしてそのまま、ちょこんと座った。きゅるきゅるした目で、僕を見上げてきた。(絶対拾わなきゃだめじゃん、こんなん)僕はそーっと猫を持ち上げ、抱きかかえた。猫は大人しかった。引っかいたりも何もしてこなかった。僕は猫をしっかり抱いたまま、家へと歩き出した。結局、雨が止むのを待たずに帰った。
 ピーンポーン
両手がふさがっていたので、ひじでインターホンを鳴らした。しばらくして、ママがドアを開けた。ママは驚いて、ぽかーんと口を開けたまま、何も言わなかった。そしてやっと、
「どうしたの、その猫」
と尋ねた。
「拾ってきた。うちで飼っていい?」
ママは、
「もちろんいいけど、ちゃんと世話しないとね」
と言って、飼うことを許可してくれた。僕は、
「うん」
と言って、靴を脱いだ。ママは、僕が赤ちゃんの時にお風呂の代わりに使っていたたらいを用意してくれた。僕はそれに猫を入れると、優しくシャワーをかけた。初めは嫌がったけど、浴びているうちに大人しく座るようになった。シャワーが終わってさっぱりすると、猫はブルブルっと身震いして体についた水を払った。出会った時とはまるで違う、真っ白な猫になった。その夜、僕たちは家族全員で猫の名前を決めるために話し合った。
「白いからー、シロはどう?」
妹の奈々が提案した。
「えーでも、シロだとちょっと犬っぽくない?」
僕が言うと、
「そう言う空はなんか思いつくの?」
と言い返された。
「え?あー、ユ、ユキとか」
「ユキも犬っぽいー」
「そうかなー?」
二人が言い合いしてる中、パパとママは何か話している。そしてパパが、
「二人とも、ユメはどうだ?」
と尋ねた。
「白って、何色にも染められるでしょ?だから、どんな色の夢も描くことが出来るっていう意味で、ユメがいいんじゃないかなって」
ママが付け足す。
「あー…確かに!」
僕と奈々はパパとママの意見に納得した。こうして、僕が拾ってきた猫の名前はユメになった。

30秒だけください 2に続く──────


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