職業選択の不自由 (1分小説)
おそれていた「職業選択の不自由案」が、可決された。
政府は、最近「国内総生産、世界第2位奪還」に必死なんだ。
『銀行員の家庭に生まれた子供は、銀行員。八百屋の子供は、八百屋。バレエリーナの子供は、バレエリーナ。
今後、反社勢力以外の、すべての職業を世襲制にします。
親から英才教育を受けた子供たちは、将来に必要な技術を10代で吸収し、やがて、それは我が国の強力な経済力に…』
テレビで、首相の会見を見ていた兄は、怒りをあらわにした。
「やめてくれよな。歌舞伎界に生まれてきたわけじゃあるまいし」
双子の兄とボクは、宇宙飛行士になるため、11歳になる今日まで、猛勉強を積んできた。
「悪いが、オレは、父さんのケーキ屋を継ぐつもりはない。決められた道を歩いて、人生、何がおもしろいんだ」
兄の憤慨を知るよしもない首相は、画面の中で、熱弁をふるっている。
『今後、義務教育は廃止。学校は自由制になります。学歴は、何の効力も持ちません。
子供たちは、それぞれ、明日から、親の職場で仕事の基礎を学ぶように。違反者は取り締まります』
ボクは、しょうがないなと思った。
「ボクが、ケーキ屋を継ぐよ。兄さんは、アメリカで国籍を取得して、宇宙飛行士になればいい」
【15年後】
もともと、お菓子づくりの素質があったのか、真面目な性格が功を奏したのか。
父の元で懸命に仕事を覚えたボクは、10代後半で名の知れたパティシエになり、今では、世界中のいたるところに店を出している。
ボクだけではない。
国民、それぞれの技術力が向上。世界で活躍する日本人が増え、国内総生産は、なんと世界第1位だ。
我が国は、再びバブル期に突入したが、同時に、幼い頃の夢を捨てきれない大人たちは増えた。
ある日、ボクの評判を聞きつけたのだろう。
兄が、仲間を引き連れて、オープンした店へやってきた。
「オレは、アメリカに行って、夢を叶えることができた。お前も大成功しているらしいが、望んでいた道ではないよな。
政府が言うことなんて無視すれば良かったと、悔いてる大人たちもたくさんいるぞ。お前はどうだ?」
ボクは、新作のケーキを出しながら言った。
「夢に、ひた進んで叶った人だけが、満足した人生を送っているのだろうか。
置かれた場所や、出会いを大切にする中で、納得できる結果を得られた人も、幼い頃の夢につながった人も、何人かはいると思うよ」
兄は、頭にかぶっていたカプセルを、ポリポリと、かいた。
「そうなのかもな。
月への出店、おめでとう」
※不定期的に、作品をアップいたします。スキ、コメント、ありがとうございます。こちらのテキストの文面に、お礼と感謝の意を書かせていただきますね。
shedshed
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