小説:そんな私の光る刻(とき)②3か月前

②3か月前

 青野慶輔は、れっきとした洋食居酒屋「縁月の翔」の社員である。
 もともとは、円環ウイルスで疲弊した飲食業界に風穴を開けるべく、
慶輔の高校時代の同級生でもあり、
縁月の翔(えんげつのしょう)社長である赤成の発案で作った、
インターネットショップでのPC管理担当として雇われたのが、
慶輔自身の出自の馴れ初めであったが、
ネットだけでなく実店舗での経験も備えた方が、
より深い業務に精通できるということで、
現在は縁月の翔のホール担当として主に活動しているのが
慶輔の役割であった。

 慶輔の仕事は、アイデアマンたる社長赤成の思いを
如何に現実に実現できるか?に尽きていたが、
慶輔自身が飲食業界的に不慣れな新人同然であったことから
PC管理よりもアルバイト・パートの人員を
どのように能率、効率よく管理マネージメントできるか、
新人アルバイトやパートさんと慶輔とがお互いに実力を吸収・成長できるかが
業務遂行の鍵であった。

 慶輔自身は、不器用を自負する程いろいろな感覚に鈍い人間であるため、
日頃からのホールでの活動の反復以外にも
自らの少ない特異能力(主にPCや設備機械操作系)を生かすことで
周りの人の飲食業的能力に拮抗するバランスをとっていた。
 その慶輔の視点には、また社長赤成の視点にも、
慶輔と同時期にホール職務修行に入った新人アルバイト生10人の中で、
自らの持つ能力ややる気をいかんなく発揮しだした2人の女性を
「この子達を主軸にバイト達をまとめ上げたら、組織としてうまくいく。」
という考えが出るに至り、
特にその1名が
自ら縁月の翔のホールのオペレーションマニュアルを作成して
提示する程にまでやる気をだしてきたため、
慶輔自身も社員として良い刺激を受けるに至った。
その1名というのが宮本ひかりだった。

実際、当時の宮本ひかり作のマニュアル原版は
慶輔の手も加えることで
縁月の翔グループの系列他店でも参考にされる程精度が上がり、
慶輔の経験値としても、
「能力を持つアルバイト人員の長所を伸ばすと素晴らしいことが起きる。」
ことが実証され、大変嬉しさでいっぱいとなっていたものである。
「時給も上げてあげた方が信賞必罰的にも良い」という考えで
社長赤成、慶輔双方の意見も一致し、
さあ次のステージ、というときに事件は起こった。

事の発端は、ひかりが学業の試験のためアルバイトを一時休業することへの
慶輔の勘違いからのひかりへの気配りが原因であった。
慶輔の勘違い、、、
それは、ひかりの休暇申請が事前に
退職した人事担当前任者や
社長赤成に話のあったものであることを知らずに、
ひかりに無用のアドバイスをしたことに依るものであった。
社長赤成の心象を損ない、時給UPに悪影響が出ることを心配し、
よりひかりが良い条件で働けれるようにすることを考え、
一旦時給UPを辞退してでも後々より良い条件が引き出せる時が来ると
判断した慶輔と、
そんな社長の一存だけで時給が決まることへの会社に対する不安、反感を
慶輔にぶつけざるを得なかったひかりとのやり取り、、、。
それが結果、もともと過労気味で病的となっていた慶輔の心的体調を害し、
慶輔はひかりにアドバイスしたこと自体、
またその後SNS上で言い争いになったことが、
半ば無理やりにひかりを強烈な恋愛対象としていると、
話を聞いた第3者から決定づけられ、
ひかり自体もその断片的情報を
後に社長赤成に相談することで聞くことになり、
かつ息が絶え絶えになっていた慶輔の病的コメントを
真正面からSNSで受けることとなり、
慶輔に限らず、生の人間の闇に当たる心理を見せつけられた感から、
対人的に深いトラウマめいた影を持つに至った、というのが
その事件の一部始終であった。

 慶輔としては、
半ば強制的に、俗にいう好きバレ状態がひかりに対してできたことへの
負い目が残ってしまっていた。
また実際に気持ちが定まらず、
情緒不安定のままSNSの自らの情報を破棄してしまい、
記憶の中で残る、日常「肯定的にとらえていたひかり」に対する反動からの
一時的な軽蔑を交えた冷酷な対応を、
そしておそらくは怯えに近い心的傷害をひかりに負わせてしまったことを、
まずは申し訳ない、の一言ではぬぐえないほど、責務を感じている状況が
ここ数週間続いている、というのが現状であった。

 ひかりがその後
『青野さんに関わるとなにか嫌なことが起こりそう』だし、
『私は、赤成社長の会社で仕事をしに来ているのだから、
 変なことにはかかわりたくない。』という考えを持つのも当然だ、とは、
実は慶輔自身も、
客観的にひかりの立場に立つと分かっていることではあった。


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