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【朱黒の鬼模様】第4話 陰陽無極の烏天狗

陰陽:天と地、太陽と月、暑さと寒さ、昼と夜などの両極端なもの。
無極:陰陽が存在しない混沌とした状態。

「俺の大姪について、調べてくれねえか?」
そう言ったのは古びたラーメン屋『ラーメン墨谷』の老店主だった。
「どういうことだ?」
そう聞き返したのは同じく『ラーメン墨谷』の押しかけ用心棒禍津日鬼子(まがつひ おにこ)、略してマガ。
「いやな、俺の弟の孫、墨谷薫っていうんだがな、そいつが最近夜中に抜け出しているらしくてな、さっきここに来てねえかと電話があったんだよ」
そう説明する老店主だが、どうしてそんなありきたりなことを不思議そうに言うのか、マガにはわからなかった。
「どうせ男ができたんだろ?年頃の娘ならよくある話だ」
そう言うマガを老店主はきっぱり否定する。
「いや、あいつは彼氏を作るような奴じゃない」
「は?」
正面から全否定され唖然とするマガ。
「あいつは人と話すのがめんどくさいと感じるたちでな、人と付き合うなんてめんどくさいことは絶対しねえ。それで何か事件に巻き込まれてないか心配になってんだよ」
「なるほど」
今度は合点がいったマガは、バイト用のジーパンにTシャツ、頭にタオルを巻いた服装から戦闘用の黒い中国風衣装に一瞬で着替える。
「では行くぞモップ!」
「はいよ~」
返事をしたのは店の奥からのそのそと現れた灰色の犬だった。
「おお、探してくれるか!これが薫の匂いだ」
老店主が写真を鼻先に押し付けるが、あいにくモップは犬ではなく妖怪の『渾沌』である。その鼻は役に立たないのだ。
だがモップには妖術がある。くたびれたスーツを着た人間に化けると、割りばしで作った筮竹(易者が占いに使う棒)で薫の居場所と状態を占う。
「薫って子はここから南西の方角にいるね。身の危険はないと出ている」
胸をなでおろす老店主。
「ただ気になるのは『高速で飛び回っている』こと、そして『天から降りた妖怪』の反応が出ていることだね」
店内が緊張感に包まれる。
「なるほど私向けの案件だな、案内しろモップ!」
マガはそう言うと、モップを脇に抱えて店を飛び出す。そして犬の姿に戻ったモップを背負い鉤縄でビルの屋上へと一瞬で飛び上がると、そのまま夜の街へと消えていった。

ビルの屋上からビルの屋上へと音もなく飛び、大通りを飛び越え、自動車よりも早く走るマガ。何本かの大通りを抜け、隣町のビルの上でマガは飛び回る何かを見つけた。
大雑把に人型だがカラスの翼を持つもの。体は黒い羽毛に覆われ、手足には長い爪が生え、頭はクチバシ状のバイザーに覆われている。
「烏天狗か!」
流星の化身とも堕落した僧侶の成れの果てとも言われる妖怪だ。
烏天狗はビル街の上を旋回しながら地上を見下ろしていた。そして何かに気づくと急降下し、一瞬で路地裏を歩いていた半グレの男を捕まえて飛び上がり、ビルの屋上に落とした。
「ぐえっ」
背中を打って悶絶する半グレのポケットを爪で引き裂き、中から黒い粒の入ったビニール袋を取り出して烏天狗は言った。
「これ、どこで手に入れましたん?」
「し、知らねえ!いつの間にかあったんだよ!」
見え見えの嘘をつく半グレの足をつかむと高く飛び上がった。
「これなら言う気になりますやろ?この麻薬をどこで、誰から手に入れましたん?」
「言う!いうから下ろしてくれ!!」
それを聞いた烏天狗は、今度はゆっくりと半グレをビルの屋上に下ろした、と思ったら半グレは脇目も降らず走り出した。次の瞬間、物陰に潜んでいた何者かが半グレを鉤縄でぐるぐる巻きにした。
「素人だなお前。尋問をするときはこういう風に逃げられないよう拘束し、そのうえで飴と鞭を使い分ける必要がある」
そう言いながら出てきたのは、ずっと烏天狗を監視していたマガであった。
「……どなたですの?」
烏天狗はそういうと、顔を覆っていたバイザーを縮め山伏の帽子、頭巾(ときん)のような形に変化させた。
マガはその顔に見覚えがあった
「墨谷薫……だな?」
「そうですけど……あなたは?」
怪訝な顔をする薫に、マガは半グレに腰掛けながら自己紹介をする。
「自己紹介が遅れたな。私は禍津日鬼子、マガと呼べ。お前の大叔父のラーメン屋で用心棒をしている」
そういうとマガは懐からライトを取り出し自分の額に生えた角と鬼灯のように赤い瞳を見せる。
「そして見ての通り、比喩ではない『本物の鬼』だ」
それを見た薫は屋上の手すりの上に腰掛け、次の言葉を待つ。
「さて、ではこちらから質問させてもらおう。まず一つ目は、なぜ夜中に家を抜け出していた?」
それを聞いた薫は、先ほど半グレから奪った黒い粒を見せた。
「近所の子が、この新型麻薬『ブラックロータス』の中毒で死んだんですわ。それで、流通している出所を探しているところだったんですわ」
それを聞いてマガは墨谷薫という人間が理解できた。
「なるほど、冷たいようでいて意外と熱いのだなお前は。二つ目の疑問だ、お前が烏天狗になった理由は?」
「麻薬の出所を探して人目につかないところを探索していたら、頭の中に『開けた場所に来い、力をくれてやる』と声が聞こえて、それで公園に来たら隕石が落ちてきて、気づいたらこうなっていたんですわ」
「人間が烏天狗になる方法はいくつかあるが、お前は最も珍しい方法でなったのだな」
天狗は山伏が修行の末になるものであったり破戒僧が化けたものであったりするが、『天狗』と言う言葉のもっとも古い意味は『あまつきつね』と読み流星を意味する言葉であった。
マガが納得いったところで今度は薫が質問をする。
「ところで、烏天狗?と言うものになってからこの麻薬のオーラ?匂い?を感じ取れるようになったんですけど、これ、何なんですの?」
「ああ、それは黒い蓮から生成された薬だ。妖力がこもっていて我々妖怪にとっては栄養ドリンク程度のものだが、人間が摂取すれば幻覚を見ながら強い多幸感を味わい、摂取し続ければ脳が溶けて最後には死ぬ。お前が感じたオーラとは黒い蓮の持つ妖力のことだな」
薫が手に持った黒い薬を握りしめると、紫の炎が燃え上がり一瞬で灰に変えた。
「人の尊厳を踏みにじるようなものを……!」
そして一息つく。
「麻薬の出所を見つけませんと。尋問はマガさんにお任せしますわ」
「いや、もっといい方法がある」
それを聞いて犬の姿のモップが屋上出入口から現れた。
「はいはい、そいつに暗示をかければいいんだよね」
モップはそう言って鼻を半グレの顔に押し付けると、半グレの表情は虚ろになっていった。
「いいかい、君は今から薬の在庫を取りに行くんだ」
「……薬を……取りに行く……」
「僕たちは気にしないこと、見えないと思うこと」
「……気にしない……見えない……」
「さあ、歩いて」
半グレの表情が普段通りに戻っていく。マガはそれを見て拘束を解いた。
「そうだ!薬がなくなったから取りに戻らないと」
歩き始めた半グレの後ろをマガとモップ、人の姿に戻った薫がついていった。

半グレが行く先は下水道からつながるコンクリート製の大広間、大雨の際に水が下水道からあふれないようにするために水をためておくための施設、地下調整池だった。
そこにたむろする不良学生や半グレ、チンピラたちは仲間と一緒に入ってきた見慣れない少女二人を見て一瞬顔を緩める。
「おいおい誰だ『出前』を頼んだのは!ここでおっぱじめる気か?」
そう言って男が近づいた瞬間、嫌悪感から薫が烏天狗に変身、腕を振り上げ爪でチンピラの顔を三枚おろしにした。
次の瞬間にわかに殺気立つ。
「邪魔するぞ」
一方マガはガラの悪いところにも慣れた様子で、ショットガンを取り出し妖力で作った弾丸を発射した。
「カアアアア!!」
薫は飛び回りながら手足の爪で引き裂き、紫炎で燃やしていく。

話は地下調整池への道中に戻る。
道すがら、薫はマガから妖力の使い方について軽く説明を受けていた。
「山伏や破戒僧から天狗になったならとにかく、お前は妖怪になったばかりで妖力の扱いについて何も知らないだろう。相手は黒蓮の薬を売る奴らだ。最悪チョーチョー人のマフィアと戦闘になるかもしれん」
余談だがチョーチョー人とは、東南アジア出身の亜人であり海神クトゥルフ、双子神ロイガーとツァール、石神チャウグナー=フォーンといった古い神々を崇拝し、黒蓮の薬を資金源とする巨大犯罪組織を結成し、恐るべき魔術を受け継ぐ民族である。さすがに今の戦力でそんな奴らと戦うことはマガもごめん被る。
「戦うにしても最悪逃げるにしても、お互いの戦力と言うものは把握しておきたい。お前がその隕石から与えられた力とはどのようなものだ?」
「まず、烏っぽいことと天狗っぽいことは大体できますわ。それから、私の持っている才能から『熱いのに冷たい』力が作られたと隕石は言っとりましたわ」
「熱いのに冷たい?具体的にはどのような力だ」
マガにそう言われて、薫は紫の炎を出す。
「例えばこの炎は燃やしながら凍らせるんですわ。それから、声は自律神経に作用して温度感覚を狂わせるんですわ」
思い出せば、先ほど黒蓮の薬を燃やした灰には氷の粒が混じっていた。
「なるほど。炎はいいとして、味方の近くで無差別に効果がある声は使わない方がいいだろう」
そこでモップが口をはさむ。
「君の才能は『無極(むきょく)』だろうね」
「無極?」
そう聞き返した薫に、モップは説明を続ける。
「そう、この世は太極でできている。熱いものと冷たいもの、乾いたものと湿ったもの、光と闇、昼と夜、プラスとマイナス、太陽と月、陰と陽。そういった太極が生まれる前の姿こそが無極なんだ。薫はその無極の性質を生まれつき持っていたからそういう力が作られたのだろうね」
納得した薫が、今度はマガに質問する。
「ところで、天狗っぽいことってなんなん?それからマガさんができることって?」
「そうだな、まず天狗は山伏や破戒僧が化けたものだから、経や真言を唱えて神通力を使える……が、薫は真言を知っているか?」
「あんまし」
「……そうか。まあ今から覚える時間もないし、真言については後で覚えればいい。それから私のできることについてだが」
マガは言いながら懐から鉤縄、帯からサバイバルナイフ、裾からショットガンを取り出し、そして西洋鍵を伸ばして斧槍に変えてみせた。
「この通り、いくつもの武器を持ってきているし人間の寿命以上の時間をかけ鍛錬してきた。人間なら何人いようが遅れは取らん。それに加えて人の心の闇から『罪の鬼』を作り出すこともできるが、それは今回使うことはないだろう」
続いて薫はモップの方を向く。
「じゃあモップさんができることは?」
「言っておくけど、僕は戦闘で役に立たないよ。犬の姿をしてるけど牙も爪も生えてない。でも幻術と道術……まあ目くらましと占いで回りの警戒と逃げる手助けはできるね」

そして話は現代に戻る。薫は不良のバットやチンピラの拳銃をよけながら爪と紫炎で倒し、マガは敵の体をつかんで盾にしながらショットガンで吹き飛ばしていく。そして相手は一番奥に座っていた男だけになった。
「てめえら派手に暴れてくれたじゃねえか。どこのバケモンだ?」
服装こそ周りの連中と変わらないが、異様な姿をした男だった。2メートルを超える巨体、裂けた口から除く鋭い歯、真っ白な肌と髪、目の色まで白かった。
「禍津日軍団」
マガは不敵に笑いながら、発足して間もない組織の名前を名乗る。
「化け物と言うならお前もそうだろう?」
マガがショットガンを発射すると、男は腕を体の前に出す。そしてボクシングのピーカブースタイルのような姿勢で散弾を受け止めた。
「……俺はここの王、この下水道の主だ!」
散弾は服を破ったものの体には傷一つなく、むき出しの皮膚には鱗が浮き出ていた。
「そうかお前は『下水道の白ワニ』か!」
下水道の白ワニとは世界中に存在する都市伝説である。そのバリエーションは無数にあるが、基本的にはペットとして飼われていたワニが逃げ出し、下水道の中で生き延び巨大化し、日の当たらない下水道の中で白くなったというものである。
「そうだ!俺も人間に連れてこられ、勝手に捨てられ、生き延びてこの下水道という見えない川の主となった!『あのお方』の式神となって黒蓮麻薬の販売を任された俺は金と力を蓄え、いずれ人間に復讐するのだよ!」
「『あのお方』というのが黒蓮麻薬の元締めか。そいつは誰で、どこにいる?」
「そいつは言えねえ、消されちまうからな」
お決まりの口上を述べながら下水道の主が本来の二足歩行するワニの姿に変身する。
「そうか、なら死ね!!」
マガのショットガンが火を吹く、ワニの鱗に弾かれる。
薫の爪と炎が襲いかかる、ワニの鱗は表面を焦がされながら凍る。
「無駄だ!俺の鱗は銃弾も通じねえ!」
太い腕と尾を振り回して反撃する下水道の主。前も後ろも隙はない。
そのまま薫に向かっていくところで武器を斧槍に持ち替えたマガが止める。
「薫は下がれ!正面は私が相手をする」
「たのんますわ!」
マガが正面から相手をし、薫は周りを旋回するというフォーメーションとなった。
だがマガの斧槍の突きも薫の炎も固い鱗に阻まれる。
(なら目は?)
薫の爪が下水道の主の目を狙う。だがその瞬間、下水道の主の目が半透明の膜に覆われ、薫の爪が阻まれた。そう、ワニの目には第二の瞼である「瞬膜」があるのだ。
「俺は!無敵だ!」
そう吠える下水道の主に、マガはこう言い返した。
「そういう割には、私に傷の一つも与えられていないようだが?」
そう、鈍重な下水道の主の攻撃は飛び回る薫の速さをとらえられず、マガの巧みな技の前にすべていなされていた。これまで狭い下水道が世界のすべてだった下水道の主にとってこれほど早い相手も上手い相手も初めてだった。
「うるせえ!死ね!」
苛立った下水道の主は回転しながら大きく顎を開けて噛みつく。ワニの必殺技、デスロールだ!
「そうだ、これを待っていた!」
マガは回転する顎に合わせ、斧槍を差し込むと顎を閉じられないようにした。それと同時にショットガンを取り出し、口の中に発射する。口の中が引き裂かれ、下水道の主が大量の血を吐いた。
「があああああ!!」
下水道の主が悲鳴を上げる。全身が固い鱗に覆われたワニを殺すにはどうすればいいか、その答えの一つがこれであった。そして他にもワニを狩る方法は存在する。
サバイバルナイフを顎の下に突き刺し、そのまま腹まで引き裂く。ワニの体表面でそこだけは鱗がないのだ。
「あ……が……」
下水道の主はそのまま失血して死んだ。
「これで、黒蓮麻薬は終わりですわ」
「いや、根元を潰さん限り次の売り手が送られてくるだけだな」
死体を見下ろしながらつぶやく薫をマガはきっぱりと否定する。
そして下水道の主が持っていたスマートフォンを懐に入れ、ついでに金庫をたたき割って中から現金を抜いてその場を後にする。
「黒幕がだれかわかったら連絡する。お前も襲撃に参加するか?」
「もちろんですわ」

数日後。スーツ姿の人間に化けたモップは、腕と足が逆についていて常に逆立ちしているような姿をしている妖怪「枕返し」の元を訪れていた。
「スマホの分析はできやしたが……チョーチョー人の線はなさそうっすね」
枕返しはモップと同じ八卦や夢占いの業に通じ、それに加えて現代の機械技術を習得し、それを活かして情報屋をやっている。そしてモップとは古い友人である。
「やはりね。奴らなら支部の管理は現地採用じゃなく身内を使うし、場所も地下じゃなく表向きの顔を使って物件を買う。それだけのコネと金がないということは、新勢力だろうね」
そこまで言ったモップは考える。
「それにしては、あの下水道の主を服従させていた術が気になるよ。あれは道術、この国の陰陽師や坊主とは違う、僕のような道士が使う中国由来の技術だ。昔に封印されていた中国妖怪が復活したか、それとも道士が流れ着いたか……」
「どっちにしろ筋を通さねえ新入りが荒らしまわってあっしは迷惑してやしたから、渾沌の旦那がなんとかしてくれて感謝してやすよ!」
それを聞いてモップは少し笑った。
「まあそれもそうか。そのお礼はマガに言ってほしいね、僕らの頭目は彼女だから」
「じゃあ、これが奴らのアジトでありやす。次も期待しとりますよ」
プリントアウトされた地図を受け取って、モップはそこを後にした。

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