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スニフ村的歌詞がすごい曲その9"Changes"

変化と共にある自分

どうもスニフ村です。
クリスマスが終わりましたね。

ということはもう年の瀬になりました。

僕は各方面の人に「年の瀬になるとJJJを聴きたくなる」と言っています。
そんなJJJの楽曲で今回はやっていきます。

僕がJJJを知り、また好きになったきっかけの楽曲です。

さあ今年の終わりも音楽で締めよう。
やっていきます。



STUTS「Changes(feat.JJJ)」


【曲全体を聴いての感想】
僕がこの曲を聴いた時はまだ大学生で、音楽を音楽として楽しむ前でした。

ラップは好きだけど、MCバトルばかりで、音源をあまり聴いていなかった頃だったと思います。

そんな中聴いたこの曲。
JJJが亡くなった友のFebbに向けて書いた曲とはつゆ知らず聴いた僕は衝撃を受けた記憶があります。

言葉が繊細で、色んな感情が詰まっていて、ラッパーの音源を今まで聴いた時に感じたものとは違った感覚を覚えました。

思い返してみるとこの曲がきっかけで、バトルではなく音源としてラップを聴くようになったんだと思います。

そんな感情的でも繊細なJJJの言葉を少しでも紐解いて共有できればと思います。

では肝心の歌詞を見ていきましょう。


【君に送る】
まず前述したように、この曲は亡くなった友人でありラッパーのFebbに向けた曲だということを前提として頭に入れて欲しいです。
その前提を込みでverse1
全ての罪に目を瞑る 北沢の街灯 俺から伸びた影を辿る 未だにベッドの上のあいつにも 時がくれば許す心と会いに行こう 寝床を移した そして今日YACHTを流した あの地に華のあるRhymeを送る クソな歌に塗れた このビッチな世界 また1人で歩き出す 剥がすポスター 光の次訪れた闇は深く深く深く ぶっ壊れそうなMIND揺れる STUTS ON THE TRACK 孤独も良しと知る 俺は全てを知ったフリでSPIT 感情は殺せない だから叫ぶ 人間だから わかってんのか? 白い息と上がる上野の路地 また回すペダル

頭から最高のフレーズですよね「全ての罪に目を瞑る

あまり僕もFebbとの関係性については詳しいわけではないのですが、JJJはFebb、KID FRESINOと共にFla$BackSというグループで活動していました。
その後アルバムをリリースしたりと順調に活動を進めていきますが、お互いのやりたい音楽の方向性などの違いから解散してしまい、今では各々ソロとして活動し、たまに客演などで一緒に音楽をやると言った感じだったと思います。

そんな中Febbが急死し、その年の年末に出たこの楽曲。

まるでFebbとの今までを振り返っているような感覚になります。


きっと音楽性の違いから喧嘩をしたりムカつくこともあったと思います。
でもその全ての罪に目を瞑る。

もうここにはいないけど、いずれ時間が経ってそっちに行く時は心から許し合って会えるよね。
だから地に足つけて生きている間は、そっちにいるFebbに届くようラップしていく。

その表現を「あの地に華のあるRhymeを送る」と綴るのお洒落すぎませんか?
ラッパーとして、この上ない贈り物だと思います。

光の末に訪れた闇は深いという部分も、Fla$BackSとしてある程度光を浴びた後に、解散やFebbの死といった暗い部分を多く見たからこそ書ける言葉でとても好きなポイントです。

それに人生山あり谷ありなんて言うように、絶頂期の山を超えると、その分谷が深く見える。
誰にでもある経験にも当てはめられるところがJJJのリリックの表現の幅広さを表しています。


そしてそんな経験があったから今こうしてSTUTSという素晴らしいトラックメイカーのトラックに乗ってラップができてる。
Fla$BackSを解散して1人という孤独になっても、悪いことばかりじゃない。
時には1人になることも必要なんだと気付かされます。

感情は殺せない だから叫ぶ 人間だから
このリリックも本当に素晴らしくて、突然メッセージが直球になるんですよね。
だから説得力があるし、忘れがちなことを思い出させてくれます。

悲しいなら悲しい、嬉しいなら嬉しい、そんな感情は無にできないから人は何かを表現したくなる。
それがJJJにとってはラップであり、そのラップこそが彼の感情の叫びなんだと考えさせられました。

さらにJJJの優しさを感じるのは、「わかってんのか?」と問いかけてくれるところ。
自分の経験を、自分だけの物ではなく、聴いてくれる人にも共有したい。
自分と似た境遇にある人も、感情を表現していいんだと教えてくれます。

JJJのリリックには暖かさ、優しさを随所に感じるところが本当に魅力的だと思います。


そしてHookへ
風抜けてく手 乗せたはずの絵 散って砂になってさっき舞った天 PEN持った Rapper in the damn このストーリーと息をして 千の感情と意味を超え また交差する思い出 解いて 二度と戻らない今日 刻み込む

当たり前に過ぎ去っていくものをJJJはこうして表現するのか…
と、感銘を受けた記憶があります。

当たり前に過ぎ去っていくものの中には人の死もあって、それも含めて自分の物語になる。

今ある時間や、関わってくれる人に対して綴っているのがよくわかります。

しかもこのHookでは語尾の母音を揃えることで小気味良く言葉が頭に入り込んできます。

この楽曲の中でJJJは「感情」をとても大事にしているように僕は感じていて、人間が人として生きていく上で切り離せないものだからこそ、そこを大事に生きたい、生きてほしいと思っているのかなと思います。

意味もなく悲しい気持ちになったり、何もなかったのに突然喪失感を感じたり。
そんな自分でも理解のできない感情も含めて自分自身だから、そんな苦悩も超えて人は二度と来ない今日を生きる。

友人の死というネガティブな感情を、ポジティブな感情に昇華できたJJJだからこそ書けるHookだと思います。


【君のいなくなってからのそれから】
そしてverse2
あのクレイトスも親になる 過去、今、あの日が重なる 誰の上で立つ言葉 胸を張れ 自由を振りかざす 無い足に枷 お前が観る映画にはない景色 リアルはそこで動いて 俺を紡いでく My Lyricsは2つの意味 2つとないDAYとNIGHT 駆け巡り生きる日々

ここで言う「クレイトス」はFla$BackSのもう1人のメンバーKID FRESHINOの事を指していると僕は思います。
MVでもこのリリックのシーンでは子どもを抱くKID FRESHINOが映っていたり、インタビューで子どもがいると話していたのもこの曲の出る少し前だったからです。

そんなKID FRESHINOも親になるんだよと、まるでFebbに伝えるようなリリック。

Fla$BackSの3人にしかわからないあの日と、KID FRESHINOが親になることが重なる。
もしかしたらあの日っていうのは、3人の子どもとも言える彼らの楽曲が生まれた日なのかもしれません。

何も気にせずに言葉を音楽にしたあの頃。
足枷はなく、自由に表現を楽しんでいた日と、子どもという何も気にすることなく自分の感情を様々な方法で表現する存在を対比させてるいるのではないでしょうか。

だから彼のリリックには2つの意味があるけれども、毎日にも2つとして同じものはない。

そう言いたいんじゃないかなと僕は思いました。

「事実は小説よりも奇なり」
これを現代的に、JJJなりに表現したのが「お前が観る映画にはない景色 リアルはそこで動いて 俺を紡いでく」なのではないでしょうか。

僕はこのフレーズはすごく好きで、映画よりも現実の方がおかしなことが起きたり、面白いことが起こったりするし、フィクションに逃げ込むだけでなく、自分の生きるこの世界と向き合う必要性を感じます。

多分僕らが観る映画よりも良い景色が、実は目の前に広がっていたりするのかもしれません。
そこには僕らの感情が存在するので。

【見出した希望】
続きます。
新たに生まれ落ちた その命に送るは ピース&乳母車 運ぶ魂に未来 期待はしないが光を感じてんだ この痛みはまだまだ愛せねぇが 今はただ超えてく罰と正解 水飛沫をあげて走りぬく 抜け出すこの狭い世界 Let's go! Right?

めちゃくちゃ言葉のチョイスが良いですよね。

新たな命に送るものはピースと乳母車。
どう生きてきたらこの言葉選びが出てくるんでしょうか。

自分の子どもたちの未来へ、僕らは何を残せるでしょうか。

今はまだ正解はわかりませんが、今という瞬間を生きることで子どもたちの未来へとつながるのかもしれません。
僕に子どもが産まれたら、この曲を授けたいと思います。

これからの未来に期待はできないけど、光は感じられるって表現最高ですよね。
期待だけが光じゃない。

これからの未来がより良くなっても問題はなくならないだろうし、新しい問題が生まれるだろうから期待はしないってところが本当に共感できます。

でもそんな世界に生きるであろう子ども達に光を感じる。
そう言いたいのかなと思います。

そしてFebbがいなくなった痛みを愛すことはまだできないけど、毎日は続いていく。

解散をして1人になってもこうして楽しく音楽が作れたように、彼の死に固執するのではなく、自分の世界を広げていく。
そうやって毎日を生きる。

そうすることで自分自身も死に向かっていく。
三途の川を走り抜いていくから、水飛沫あげているんじゃないかなと解釈しました。

人は皆、死へと向かっている。
それが生きることで、自分と未来を繋ぐ唯一の方法なんだと僕は思いました。

今を生き抜きましょう。
光を持って。

来年もよろしく。



【最後に】
いかがったでしょうか。

このnoteを書いていて思ったのですが、僕ってもしかしたら「死」とか「生きること」について綴られている歌詞が好きなのかもしれません。

自分は音楽を聴くことが生き甲斐なんだと、こういった楽曲を聴くたびに感じさせます。

でもこういった内容の楽曲って意外と歌詞がストレートじゃないから面白くて書き甲斐があります。

今年も後半からですが、楽しくnoteを書けました。
来年も頑張ろうと思います。


【次回作】
次回は新年1発目になります。

しかも元旦なんですよね。
実感が湧かなすぎて草です。

次書く楽曲も決まっているので、年明けボケしないうちに頑張って書こうと思います。

ちなむと、2021年僕が最も良かったと思う曲にしようと思っていますので、誰も待っていないでしょうがお楽しみに。


それではみなさん良いお年と、音楽を。
スニフ村でした。

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