海外移住に失敗したぼくが海外ノマドを続ける理由
満員電車に揺られ、平日の朝9時までにオフィスに着く。いつも同じ顔ぶれ。
── 2018年、都内某所
仕事が終われば馴染みの飲み屋でいつものキリンビールを注文。
だれと待ち合わせせずとも、常連客のだれかしらが来る。
同じオフィス、同じ飲み屋、いつも同じ人々。
そんな、なんの変哲もない日常なんて・・・
同じ毎日の繰り返しの中で、人間関係が悪ければ地獄の日常と化すだろう。
この手の話は、毎日嫌な上司と顔を合わせて帰宅すればモラハラの夫、ヒステリック妻・・・という文脈だが、運がいいのかそういう感じではなかった。
比較的恵まれた環境だったが、自分はいつまでもイタズラっ子気質なので、そんな問題のない日常を
破壊してみた。
そうだ、タイに行こう
オフィスでのパソコン仕事だったため、このパソコンを持っていけば、オフィスで仕事をする必要はないことは分かっていた。
退社する必要こそ無いが、日常の破壊が目的なので退社。
それからは当時住んでいた社宅の撤退、オーストラリアワーホリに行こうとする女の子を口説いてタイ移住のパートナーに。
思いついてから1ヶ月後には移住の建前でタイに渡った。
ニワカなアートの話で出てくるような「破壊と創造」が表すように、既存の日常を破壊することで全く新たな日常が創造されていくプロセスは楽しいものだ。
先の知れた日常はネタバレした漫画のようでつまらない。未知だからワクワクする。
そんな新しい日常、未知なる日々に心を震わせ、ワクワクを胸にタイへと渡った。
パートナーとのタイ移住
タイに渡ってからは家探しの前に、少しパートナーと旅をしてみた。ほとんどひとり旅しかしたことがなかった自分には新鮮な体験だ。
南の島でアクティビティやパーティーに参加し、人々がInstagramで見るソレのど真ん中をした。
そんな南の島のビーチパーティーで、トイレから戻った僕の目の前には、欧米人と熱いキスを交わすパートナーの姿が。
「おぬし、すごい度胸だな」
ということで爆速で解散した。
日常の破壊の先にあった、孤独な日常
そこから半年間のバンコクひとり暮らしでは、新たな友達はできなかった。
ふだん週100人くらい友達に会うぼくを知る人からしたら信じられないだろう。
バンコクには元々の友人がいたり日本の友人が度々訪れるものの、あんなにも新しい友達ができない日々はなかなか無い。
出会いはあれど、気の合う人がいないのだ。
いつめんから離れ、新たな友人もできず、パートナーは見限り、元職場から受託したと思えた新規事業は契約締結前に白紙に。
破壊と想像において、思っていた10倍くらいは破壊した。
今思えば「孤独な日常」だった。
「自分ひとりで頑張る」は万能じゃない
自分の挑戦を成功させるために、自分が誰よりも頑張るのは大事なことだ。
しかし、悩みを打ち明けられる人や、切磋琢磨できる仲間がいない孤独の状態は、挑戦の難易度を一気に高める。
さらに言えば、孤独と死亡率の関係に関しては多くの研究がされている。
研究によると「孤独」や「孤立」が死亡率を高めるという結果が出ているそうだ。
しかも、喫煙・アルコール過多・肥満よりも死亡率に強い影響力があるとか。
日常を破壊し、0から1を創造することに胸を躍らせていたものの、新たな日常のファーストステージとなった孤独編。初期値は0どころかマイナスだった。
孤独は海外ノマド生活の地雷
海外でノマドワーカーをする方法は、雑に言えばパソコンを持って在宅ワークの座標を変えるだけだ。
物理的な側面で言えばそれだけのことだが、モチベーションやメンタルヘルスの側面を置き去りにすると大変なことになる。
2018年の頃に海外でノマドワーカーなんて言おうものなら「スマホ1台で年収1000万円!」をコピーとするスパムアカウントの印象にとどまり、ライフスタイルとして体系的に落とし込んだ情報なんてものはロクに存在しなかった。
人間は群れて暮らす生き物なので、孤独が良からぬことくらい考えればわかるのだが、そういう単純なことほど盲点となりやすい。
ぼくは特殊な訓練を受けているので孤独によって大きな不調が発生したりはしないのだが、それでもキャリアの側面では半端じゃなく非効率的だったと思う。
繊細なひとの場合は心に大きなダメージを負ってもおかしく無い。それが日照時間の短い国ならなおさら顕著だろう。
SNSを見ていれば顕著だが、海外に赴任して孤独で精神に異常をきたしていると思われる人はよく見かける。実際に在英国日本大使館は在外邦人向けに精神科顧問医から注意喚起を出しているほど。
海外赴任は、まだ赴任先の職場のコミュニティがある。海外ノマドはリモートワーカーのため、それすらない。
海外ノマドするぞー!と意気込む人が、そのようなメタリスクを深く考えることは現実的ではない。見えない孤独のリスクは、海外ノマドにとってまるで地雷のようだ。
ということで
孤独にならない仕組みを作ろう
孤独の対策を論理的に啓蒙しても、ほとんどの人には届かないだろう。
記事として残しても、検索しなければ出てこない。検索するひとはすでに孤独の当事者になっているひとだ。
「孤独はやばい」と言って共感するひとは、「すでに孤独を経験したひと」であるため、医療で言うところの対処療法にしかならない。
じゃあ、どのように予防療法に努めるかと言えば、それは仕組み化だ。
孤独の地雷を踏まないように、だれも気づかないように扇動する。それは功績として実感もされないので、だれからも感謝もされないし評価を受けないだろう。なので、ビジネスにしれっと入れ込むことで対価を成立させる。
イカれたロケットスタート
時は経ち、2021年6月。
日本の社会はコロナ禍真っ只中。
ワーホリはほとんど行けない。
定番の語学留学先はどこも入国できない。
国によっては海外旅行は開かれているものの、世間は「今は海外に行けない」と認識しているため、海外に行けない。世論の目もあり旅行会社は広告も出せない。
ワーホリも留学も旅行ツアーも停止しおり、個人で旅行に行くひとは、だれにも知られないようにコソコソと旅をする。
そんな2021年6月。1ヶ月で10の職種を体験する海外ノマド体験「ノマドニア」をリリースした。真っ当な理屈でローンチしたが、世間からしたらイカれたタイミングらしい。
海外で暮らすことへの課題
前述のように、自身がエイヤッと海外に飛び出してみて、人間関係によって生ずるモチベーションやメンタルヘルスの課題が浮き彫りになった。その中心にあるキーワードは「孤独」である。
その孤独によって生じるいくつかの課題を、仕組みによって解決することがプログラム設計には求められた。
どこに行ってもクラスタがある
在外邦人や異教徒との出会いは刺激的と思われるが、海外で生活する人にも日本と同じくクラスタがある。愛をもって世話を焼いてくれる人もいれば、性根が腐った人もいる。保守的な人もリベラルな人もいる。自らの意思で海外に行った人と、都合で仕方がなく海外に行った人は大きく異なる。それはどこに行っても同じだ。
感性で繋がる機会は少ない
少なくとも日本社会では、ほとんどの人は学区域や学力でつながって育っている。感性で繋がる機会は滅多にないだろう。
孤独への対策として、やたらめったら誰とでも出会えばいいと言うわけではない。誰でもいいならば、人間は80億人もいるので孤独になる方が難しい。
感性で繋がる仲間との出会い。それが孤独に対する合理的な予防薬だ。
ノマドニアは試職と試住を軸にしているプログラムだが、
グループ開催であること
会期終了後にコミュニティとして残ること
これらによって、海外ノマドを検討する人は必然的に同期や全世界ネットワークの中に収まる。
クラスタと感性のマッチング率も細部の設計で大きくは外さないようにしている。
孤独になりたいひとには迷惑な話だが、選択として外向性に向けて設計した。
ノマドニアという孤独の予防薬
1ヶ月で10の職種を体験する海外ノマド体験「ノマドニア」は、ノマドのなり方を教えるという安易なものではない。むしろ、教えない。というか教えることがない。
自分で実際にやってみて、体験をもとに選択をする能動性のきっかけを提供している。
ひとに何かを教えても、実行するのは10人に1人くらいなので、そもそも教えることにそれほど大義を感じない。
「孤独はやばい」と説くより、必然的にそうならない仕組みを作って仕舞えば10人中の10人を孤独にしない。
ノマドニアをあんまり知らない友人は、ノマドワーカー養成所かなんかだと思っている。その人はそれくらいの理解度で問題ない反面、ノマドニアに参加している人はプログラム理解をガッチリやっているので、直接的にノマドワーカーを目指している人は少数派。自己実現がセンターポイントだからだ。
「自己実現」は「自分だけで実現する」を意味しているわけではないので、多くの人は感性で繋がる仲間と共に継続的に協力しながら切磋琢磨している。
そんなノマドニアが2周年を迎えた
1周年では2年目のビジョンとして他国展開を掲げた。
メキシコの大学に潜入したり、知り合いの全くいない韓国で9日間でビジネスパートナーを見つけるミッションを遂行したり、なんか色々した。
ジョージア首都トビリシから始まったノマドニアは、世界6都市でに展開した。年間開催回数は8回から18回へ。年間参加者は95名から190名へ。
「いつ開催してるの?」と聞かれることも多いが、基本的に年中無休で開催している。現在は3都市で同時開催中。これを常時6都市同時開催にするのが3年目のストロングビジョンだ。
タイ移住を建前とした2018年や、ジョージア起業に奮闘したコロナ禍、そこから多国に幅を広げたので、自身もノマドワークをする中でいつの間にか年に世界を2周もしていた。
今では世界のあちこちで、感性で繋がるたくさんの友達と出会った。
ノマドニアのコミュニティでも、世界のあちこちで出会いや再会が連続している。
ノマドニアでは「やってみよう」をやってみた人たちが、400人を超えた。
「場所にとらわれず自由にいきたい」の抽象的な目標の先にある、孤独の地雷を撤去し、もはや孤独になる方が難しい環境を作れたのではないだろうか。
ネットワークの重要性
言葉に敏感な日本人は「人脈」や「ネットワーク」みたいな言葉に対してフレンドリーではないが、その言葉を避けることは、代替が効かないので思考を制限してしまう。
海外にはノマドを主題としたネットワーキングサービスがたくさんある。
ここでは一例を紹介するが、パッと思いつくだけでも10以上はある。
内容はそれぞれ公式サイトを見てもらえればと思うが、共通項はネットワーキングだ。
Hacker Paradise
期間:4週間
料金:プーケットの場合 2,390ドル(約37万円)、グランカナリアの場合 3,090ドル(約46万円)
Remote year
期間:1~12ヶ月
料金:549ドル〜32,000ドル(約8万円から480万円)
Nomad Cruise
期間:10日間
料金:1,200€ ~ 2,200€ (約20〜36万円)
Facebookの友達上限は5000人だ。これには理屈があり、人間の友達の数は5000人をボーダーとして、それ以上はフォロワーという理屈だ。
ほとんどの人の友人数は4桁台にも及んでいないかも知れない。数がどうこうという話ではなく、人生の余白のサイズとしてまだまだ出会えることを示している。出会いの数だけ自分も変われるし、仕事も婚活も数打ちゃ当たる。
ノマドを主題とし、ネットワーキング要素を持つプログラムで日本語運営なのはノマドニアしかない。
環境はひとつの手段だ。ひとりで出来ることなんて、そんなにない。
感性で繋がる仲間と、仕事もアクティビティも全部ひっくるめて人生を遊ぶことは、たった一度のあっという間に終わる人生にとって、輝かしいエッセンスだ。
ノマドニアの参加者が多くなると、比例して世界中で遊ぶ友達が増えていくから最強の仕組みだと思っている。Facebookの友達5000人理論でいくと、ぼくはあと2500人くらいは友達の余白がある、一緒の世界で遊ぼう。
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