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母は自分を知るための鏡である

親元を離れてかれこれ二十年以上が経過しているものの、帰省して二週間近く実家の母の元で過ごしていると、当然、母の最近の生態が明らかになって来る訳で、良い面も、悪い面も見えて来る。

昨年のコロナ禍の終わり頃、三年ぶりに帰国した時にも全く同じ感想を抱いたのだけれど、今回母ウォッチングをしていて改めて気づいたこと、それは母と私の性格が極めて似ていることである(ついでに顔も!自分の30年後はあんな感じか〜!うわあああ…( ;´Д`)。

私には四歳下の妹がいるけれど、彼女は全方位に気が遣える常識人で、社交的でもある。母と妹の性格はあまり似ていない(気がする)。
私と母はなんというか、マイペース。一人でいる事が苦にならない。割と辛抱強い。リアクションが大きくて、ため息のつき方が母と一卵性双生児。

最近の母は、大病はしていないけれどあまり体力がない事もあって、溌剌とはしておらず、出不精で一日YouTubeを観て過ごしていたりもする(※家事はちゃんとやる)

そんな姿を見るとつい「動画ばっか観てないで何かやりなよ…」と言いたくなるけれど、私も無気力な時にはベッドでゆっくり動画をラジオ代わりに流しているだけだし、他人にどうこう言える立場ではない。というか、私より26年も長生きして来た人に何かアドバイスをしようという発想自体、おこがましいのだろう。

母が私の年齢だった頃には、一馬力で娘を二人も抱えて、家のローンも払っていたし、それはそれは大変な重圧だっただろうと思う。夫に中一の息子を任せて帰省している私のお気楽さとは、雲泥の差だ。
とはいえ、今の母を見ているとあまり真似したくない面もある事は確かなので、母は自分の鏡だと思って、自分の行動を見直し、正していくしかない。

そんな私の母は山形の米農家の娘で、私が小学生の頃は、冬になると祖母がよく遊びに来ていた。祖母はもんぺ姿の腰の曲がったおばあちゃんで、「となりのトトロ」のカンタのおばあちゃんの実写版。母の若い頃は、写真で見る限り割と垢抜けたOLだった。

山形の農村の娘は、昭和40年代の後半に東京に出て来て、その娘は21世紀の初めに、大学卒業と同時にベルリンに飛んで行った。この勢いだと、数世代後の子孫は火星に住んでいてもおかしくない気がする。遠くの地で定住先を見つけたい欲は、DNAにセットされているらしい。

親に似ている事を時には誇りに思ったり、うんざりしたりしても、根本的な所には抗えない気がする。
それぞれの時代に合わせて、親子は結局同じような生き方を選ぶのかもしれない。

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