私のクリス・チェンバース ~12歳の悪友は誰にでもいる

映画『スタンド・バイ・ミー』では、

私は12歳の時の友達以上の友を 持ったことがない
人は誰でも そうではないだろうか
(記憶による引用)

というようなことが、1人称の語り手によって語られる。
なるほどそう言われると、すんどめもそんな気がしてくる。
12歳の時の友達で、これぞ生涯の友としか思えぬ人間が明確に1人浮かぶから、不思議である。
しかも、ここが肝心なのだが、恐らく『スタンド・バイ・ミー』に言う「12歳の時の友」というのは、ちょっと悪い友達でなければならない。
noteにテキストを投稿しているような人々なら、お分かりだろう。
およそこの世で、文章なぞを書く人間というものは、何かしら心のどこかに、自分はあまり活動的でなく、派手に遊ぶことも少なく、身体を張った過激な行動もせず、狭い世界しか知らない人間であるという自覚を持っている。
えてしてそういう人間は、あくまでも自分との相対的関係においてではあるが、野性的で行動的で少し悪くて過激でファンキーで、生きていることそのものに常に大興奮しているような悪友に惹かれ、大いに魅力を感じ、逆にその友達もまた、
「おい、お前、文章が書けるなんてすげえな!
俺にも文章を教えてくれよ!」
どういうわけかこちらに興味を示し、
「さあ遊びに来たぜ。
今からナンパをしに行こうぜ!
ひと晩で世界中の酒を飲み干そうぜ!
あいつにケンカを売りに行こうぜ!
ギャンブルで全財産を賭けに出掛けようぜ!」
さまざまな未知の「刺激」へと激しくいざなってくれるし、また、そんなふうに猥雑で刺激的な場所から場所を、奴に引っ張り回されることが楽しくて、そうこうしているうちに自分の文章のネタの「主人公」として、奴を心の中で醸成させていく。
そういうところがあるのではないか。
そうした「主人公」の、1つのルーツと言えそうなのが、たとえばジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』におけるディーン・モリアーティであろう。
さらに、そこに12歳という条件を加えた場合の「奴」が、『スタンド・バイ・ミー』のクリス・チェンバースであったことは言うまでもない。
そこには、『オン・ザ・ロード』の1人称の語り手も『スタンド・バイ・ミー』のそれも、何の偶然かともに実の兄を亡くしており、もしやその兄の幻影をそれぞれディーンとクリスに見た、というような心理的遠因もあったかも知れない、が……
それはさておき。
すんどめの中に明確に浮かぶ12歳のときの友達もまた、自身、『スタンド・バイ・ミー』をこよなく愛しているから面白いのである。
「おいすんどめ。
ゆうべ『スタンド・バイ・ミー』観たか?
あれは何回観てもいいよな」
と、奴がしみじみ言ったのは、まさに12歳の時であった。
そう考えると、すんどめにとってのクリス・チェンバースであるこの男について書き記しておくことには意味があるように思われ、いや、と言うより書き残さずにはいられない衝動が我が体内にみなぎる。
ジャック・ケルアックを駆り立てたであろう同じ衝動が、すんどめを激しく駆り立てる。
この、我がクリス・チェンバースとも言うべき男を、差し当たって〈キャノン砲弾アダレイ〉の名で呼んでおきたい。

小学校の友人・キャノン砲弾アダレイは、学校でいちばん足が速かった。
と言うよりも、我が地元の生態系に生息する生き物の中でいちばん、と言うほうが正確である。
のみならず、スポーツは万能であった。
すんどめは幼いころから病弱だったせいか、正反対のこのキャノン砲弾とは気が合った。
キャノン砲弾を知ったのは、忘れもしない小1のある日。
体育の授業で、50メートルを走ったときだった。
我々やる気のない連中は、最初から勝負を捨てて後ろの方をヘラヘラと走っていた。
その中の数人が、前方を見ながら叫んでいる。
「キャノン砲弾、がんばれーっ!」
意味が分からぬ。
いっしょにトラックを走っている、いわば敵を、走りながら応援するとはどういうことか。
オーディエンスばかりか競走相手からも声援を受けるキャノン砲弾アダレイとは、いったいどんな奴だ?
入学したばかりでまだ顔と名前が一致していなかったすんどめは、即座に前方を見た。
見たか、と思う間もなく……
はるか前方のゴール・ラインに砂埃が舞い上がり、その向こう、ひとりの男が1位で滑り込んでいた。
これが、キャノン砲弾アダレイであった。
ある朝のこと、キャノン砲弾はリコーダーを学校へ忘れて来たことに気づき、教室でそのことを担任へ告げた。
「アダレイ、お前は家が近いから、行って取って来い」
担任は言った。
「うん、行ってくる」
キャノン砲弾はその名の通り弾丸のように教室を飛び出した。
すんどめはそれを見て、そこらへんにいた奴らと、
「いや~、キャノン砲弾、間に合うと思うか?
お前、どう思う?」
ほんの二言三言の無駄口をたたいただけで、ふと教室の入り口へ視線を戻したときには、
「ハア、ハア、ハア」
息を切らしながら右手にリコーダーを握り締めたキャノン砲弾が、そこにいた。

キャノン砲弾は、やたらと女にもてた。
「女の子」にと言うよりは、女性全般にもてたという方が正しい。
キャノン砲弾は常に色々と悪いことをしていたので、男性教師からは目をつけられていたが、何故か女性教師たちは「弾ちゃん弾ちゃん」と言ってかわいがっていた。
また後年、すんどめの母が証言しているところによると、
「キャノン砲弾くんは、単に足が速いだけじゃなかったね。
運動会のリレーとか見てても、足の速い子は他にもいたけどさ。
キャノン砲弾くんがアンカーで登場すると、お母さんたちも、
『おっ、キャノンくん待ってました!』
って盛り上がったね。
そういう、花のある子だったねえ」
とのことだ。
確かに、一種のスター性とでもいうべき存在感をもった男だった。
そしてそれは、たぶん今もそうだ。

女性全般には実にもてた。
いっぽう男どもからは一目置かれ、死語で言えば「裏番」のような存在だった。
校内で起こる悪事は、ことごとく裏でキャノン砲弾アダレイが糸を引いていた。
といって、奴はグレていたわけではない。
「俺は、単に楽しいから色々悪いことをしていた。
俺は盗んだバイクで走り出したりはしなかった」
と、後年奴は語っている。
罪の意識がないだけに、かえってたちが悪い。

すんどめはキャノン砲弾と組んで、色々と無駄で不毛なことをした。
放課後、誰もいない小学校内を2人で探検し、なんとなく家庭科室へ忍び込んだ。
夕日が差し込む家庭科室の戸棚を見ているうち、海賊が財宝でも隠した場所の扉のように思えてきて、もちろん開けた。
するとそこには、3つの大きなゴミ袋があった。
すんどめとキャノン砲弾アダレイは、それらをすべて破いて中身を出した。
中身は大量の切手であった。
むろん、消印が押されて封筒から切り取られた切手である。
学校が何の目的で切手を収集していたのかは知らないが、当時の我々でも、世には切手マニアと呼ばれる人種がいて、中には1枚でも相当な値段のする切手もあるということを『こち亀』から学んでいた。
我々は自分たちを、まるで暗い洞窟に宝箱を発見した探検隊のように思い、胸を高鳴らせた。
興奮のなか、いかにも価値がありそうな美しい切手を数枚ずつ物色し、ポケットに収めた。
「これは俺たちだけの秘密だ。
誰にも言うなよ」
「お前もな」
我々は固く誓い合い、息を切らせて家へ帰った。
……と、ここまで書いて気づいたが、このことを今、書いてしまったため、すんどめはキャノン砲弾アダレイとの誓いを破ったことになる。

小3のある日、担任が出張で自習となった。
でがけに担任は、学習係とかいう連中に指示を出した。
「俺がいない間、おしゃべりをしたり、遊んだり、なにか問題行動を取った奴がいたらチェックしてその回数をあとで教えろ」
その結果、すんどめはダントツの1位で、チェック数は100を超えた。
誇張ではない。
第2位はキャノン砲弾で、90を超えた。
そのほか数名、我々の追従者がいたが、チェック数では我々に遠く及ばない。
学習係は、我々をチェックするのに忙しくマッタク勉強にならないという惨状であった。
帰ってきた担任から大目玉を喰らい、というよりも大いに驚かれ、すんどめとキャノン砲弾がともに全区域の罰掃除を課されたことは、言うまでもない。

よく、すんどめの近所の家々の屋根へ不法によじ登り、大音響で足を踏み鳴らしながら縦横無尽に駆け回って、忍者ごっこをもした。
足音をしのばせぬ、今思えばおかしな忍者であった。
これはたいがい、我が兄のだしぬけパターソンが陣頭指揮をとり、我々忍者部隊は仮想敵を撃滅すべく作戦を立てる。
先陣はたいてい兄とキャノン砲弾で、すんどめらはしんがりであった。
ところがそんなある日、我々忍者部隊がまさに近所の屋根の上で必殺の忍術を駆使している最中、親父が帰ってきて、見つかった。
「こらッお前ら! 
なに人様のうちの屋根に上がってんだ、バカモノ!」
我々、一言もない。
が、オヤジの怒りはおさまらない。
「マッタク何を考えてんだ……。
うちの屋根に上がれっ!」
しかし、うちの屋根はまわりに足がかりになるものがなく、とうてい上れない。
そこで、次からは家の中で遊ぶようにした。
キャノン砲弾アダレイは本当に頻繁に遊びに来て、暗くなるまで遊んだ。
居間で一緒にテレビなどを見ていると、兄のだしぬけパターソンが出てきて、
「やいキャノン砲弾アダレイ! 
テレビからは3メートル離れて見やがれ」
やにわにメジャーを持ち出して、テレビからきっちり3メートルを測り、じゅうたんに指で跡をつけ、
「よしキャノン砲弾、ここに座れ!」
この意味不明な兄の挙動には、キャノン砲弾もさすがに困惑顔であった。
のちにパターソン家は引っ越し、その家に住まなくなってからも、数年おきにキャノン砲弾とすんどめが懐かしの我が家の前を通るたび、
「この家には、俺の思い出がいっぱいつまってるぞ」
と奴が言う。
住んでいたすんどめを差し置いてそんなことを言うのだから、よほどなのだろう。

すんどめが初めてアルバイトをしたのも、キャノン砲弾と一緒だった。
12歳のとき、我々がいつも行っていた床屋のオヤジから、観葉植物の肥料にしたいので落ち葉を大量に集めてくれ、と頼まれ、日給300円で引き受けた。
野山を歩き回り、生まれて初めてお金を稼いだ瞬間だった。
燦然と輝く100円玉3枚が、我々のまだ小さかった手に収まったとき、得も言われぬ快感が全身を包んだ。
生まれて初めて小説を書いたのも、キャノン砲弾と一緒だった。
当時、我が家にあった「MSXワープロ・パソコン」という、今思うとおよそパソコンなどとは呼べないようなマシーンをどうしても使ってみたくて、我々は、不条理で荒唐無稽なアホ小説を共同執筆し、2部刷って、今もお互い大切に保管している。
思えばのちにすんどめが初めてタバコを吸ったのも、キャノン砲弾の勧めによってだった。

大人になってから、引越しのため部屋を整理していたら、12歳の時の、キャノン砲弾の英語の答案が出てきた。
すんどめ自身の答案ではない。
キャノン砲弾の答案が、すんどめの部屋から出てきたのである。
得点は、零点であった。
どういうイキサツですんどめが奴の零点の答案を持っているのかまったく思い出せず、すぐ奴にメールを打った。
答えはたった一言、
「よく保管してたな、経緯が思い出せん」
真相はいまだに闇の中、である。

すんどめは12歳の時に引っ越し、奴と離れ離れになった。
引っ越すことを最初に打ち明けた相手は、キャノン砲弾アダレイであった。
ずいぶんと悲しまれたが、それはともかく、すんどめが去った後も、いやむしろ去った後のほうが、キャノン砲弾を含む悪人どもの悪事はエスカレートした。
地元に建設中の、大きなドーム型スタジアムへ、夜陰に乗じて忍び込み、図面や現場にあったさまざまのものを盗み出しては、地元紙の3面に、
「何者の仕業? 
建設中の“町の顔”に盗難続発」
というような見出しにまでなった。
なんで盗んだのかというと、別にこれといって目的はない。
盗むために盗むのである。
ある日、悪友の1人の家で酒を飲んで暴れていたキャノン砲弾アダレイら。
つい調子に乗り、壁に足をぶつけたところ、これを蹴破ってしまった。
ヤバイ! 
彼らは即座に夜の町へ繰り出し、そのへんに貼ってあった映画のポスターを無断ではがして、つまりは盗んで来て、穴をふさぐために貼った。
「ケツの穴が消えて屁の用心にならあ」
という落語のようなハナシだが、実話だ。

その、「屁の用心」ポスターが貼られた部屋の話は、まだ続く。
のちに、すんどめが大学院へ通っていたある日、この部屋に我々全員が久々に集い、ジーン・クルーパーのスウィング・ジャズを大音量でかけながら日本酒をかっ喰らい、踊りまくっていた。
その中にはタダシ(仮名)という男と、タダシの当時の彼女でなんと17歳という女の子もいた。
すると、まさに宴たけなわというとき、キャノン砲弾アダレイの友達と名乗る女性がいきなり部屋へ乱入してきた。
「いえーい、いえーい、いえーい!」
すでにどこかで飲んできたらしく、初対面だというのにすごいノリである。
我々より1つ上のこの女性、タダシの彼女を見て、
「きゃーっ、タダシ君の彼女? 
かーわいーい、10代10代」
ナデナデ・スリスリしはじめた。
その後、タダシと彼女は帰らなければいけなくなり、この女性は満面の笑顔で見送った。
「まったねっー!」
ところが、フスマがぴたっと閉まったその刹那、
「あの娘、あんまりかわいくないね。
アタシあんま好きじゃないわ」
180度の豹変を見せ、我々を唖然とさせた。
と思ったら……
次の瞬間にはこの女性、ハッ……! 
とベッドの上へひっくり返り、
「ンごーッ、ンごーッ」
大音量のイビキを天井まで轟かせながら、お眠りになったものである。
すんどめはすっかりビビり、世の中には色んな人がいるものだなあ、と偉く感心したのであった。

のちにキャノン砲弾アダレイが結婚したとき。
その嫁さんというのは、実にこの激しい豹変ぶりの女性であった。
よい組み合わせかも知れない。
地元の生態系でいちばん足が速いキャノン砲弾アダレイと、地球上でいちばん変わり身の速いこの嫁さんならば、きっと夫婦喧嘩も仲直りも、話が早いに違いない。

拙著『シェーンの誤謬』 ここから購入できます
https://www.amazon.co.jp/dp/B07FYT4Q65/


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?