見出し画像

葛藤というなにか


医療・福祉の道に足を踏み入れて10年以上。


もはや両の手足の指では数えきれないほどの人の死を看取ってきた。


生きることから死に向かって舵を切るとき。その瞬間というか、その時というか。意識があってもなくても。なぜか。


あ、この人はもう生きることを諦めたなと。そう感じることがある。


転げ落ちるように悪くなっていく人の傍で。


″ 早く元気になってね ″

そう語りかける家族の悲痛な表情を見るたびに。


その希望は叶わないことを。なまじ知識があるだけに分かってしまう。


家族の希望のとおり元気になってくれたらと思いつつも。悪くなっていく一方の数値や身体所見をみてため息をつく。


だいぶな年数が経っても。いまだにどんな表情をして。どんな言葉をかけたらいいのかと。


思い悩み葛藤をしつつもできるだけのことをしているつもりだ。


なぜか瀕死になり死に向かっていく人に出会うことが多い。


人生の最後を預けてくれるそうした人たちの安らぎにどうしたらなれるのか。残された家族たちのその後の生活が遺恨のないものとするにはどうしたら良いのか。


日々考えるけれども。今でも明確に分からない。


人を助け支援することを生業にしながらも。自分自身は人に頼ることが苦手だったりする。


葛藤というなにかと闘うには1人は荷が重すぎる。


そんな自分の性格とも葛藤する日々。


まとまらない落とし所もない戸惑いをnoteに残しておこうと思った。



だて。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?