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打ち上げ花火
その日はとても忙しかった。
看護師3年目の夏。
検査。オペ出し・オペ迎え。傷口の処置。夕方からは患者さんに覚えてもらわなければいけないケアの指導や。その中で突然にくる急患の対応や。日勤が帰ったあとには血糖値や内服、点滴、配膳、ナースコールの対応に追われていて。
仕事に慣れてきたとはいえ。先輩の手をとうに離れ。重症な患者さんも任せられるようになり。ストレスと外科病棟の多忙さで疲弊してる中の、いつもより忙しい1日。
そんな1日も終わりに近づき。ナースステーションの傍らにある重症者の部屋に入ると。夜勤者の姿がちらほら見え勤務の終わりを感じて少しほっとした心持ちになる。
患者さんのバイタル測定を終わり。「終わったな、長かったな」。そう思いながら。やり残したことがないか電子カルテをスクロールしていく。漏れがないことを確認し終わったそのとき。部屋の中がパッと明るくなる。
どーん。どーん。
夏の空に大きな大きな花火が舞い散った。
ゆっくりと。間をあけて。
すーーーっと。光の帯が空に昇っていき。
どーん、どーん。大音量の迫力とは裏腹に。色とりどりの美しい華が夜空に舞い上がる。
しばらくの時間、糸が切れたようにぼーーーーっと花火を眺めて。
ふと。傍に横たわる患者さんが花火を見ているのに気づく。
酸素配管の位置のために頭を窓に向けて横たわっていたその人は。振り返って。のぞくように花火を見ていた。
ずーっと。ずーっと。花火を見ていた。ずーっと。見ていた。
花火に照らされたその表情は穏やかながらもどこかもの憂げな雰囲気で。
治ることのない癌のせいで食べ物の通り道が塞がれてしまったその人は。口から食事を食べられるように癌を迂回して通り道を作る手術をうけたばかりで。麻酔でうとうとしていたにも関わらず花火の音で目を覚まし。
振り返って、夏の夜空に舞い上がり散っていく打ち上げ花火をずーっと見ていた。
「ああ…この人にとっては最後の花火になるのか」
そう気づいて。
ベッドを移動して花火を見せてあげたいと思った。
でもベッドを移動するにはいくつもの点滴とモニターの移動、酸素マスクの延長チューブ、そして何人もの看護師を集めなければならない。
けれども正直、そんな気力体力ともに残っていなかった。ナースステーションでは日勤と夜勤の申し送りが行われており、病棟ではナースコールが鳴り響く。まだやらねばならないことはたくさんある。
せめて。日勤で締めるルールのカーテンを開けっぱなしにして、夜勤者に申し送るくらいしかできなかった。
あれから数年経ち。
もはやあの人はこの世にはいないだろう。
最後のひとときは穏やかに過ごせただろうか。好きな物を食べられただろうか。もう一度、花火をしっかりと見られただろうか。
打ち上げ花火を見るたびに。この患者さんのことを思い出す。そして、ベッドを移動してあげられなかった一抹の後悔が、胸をぎゅっとしめつける。
だて。
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