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「ヤングミュージックショー」の時代

あたくしがいわゆる青春を過ごしたのは昭和と呼ばれた時代だった。中高を通してあたくしが一番夢中になったのは「ロック」だった。
小学校高学年はビートルズ一辺倒だったが、中学に入り、周囲の友人たちの影響もあり他の洋楽ミュージシャンも聞き始めた。クイーン、ポリス、チープ・トリック、スティックスなどの流行り物に加えて、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープルなどの当時でもはや重鎮とだったバンドにも夢中になった。
ビデオ、DVDなどまだ出現していない時代だから音源はレコードしかない(あとラジオも貴重な音源だった)。レコードの値段は現在のCDとほとんど同じ。中高生の小遣いだけでは月に一枚買うのがせいいっぱいだ。レンタルもまだなかった。だから、買う分よりも友人に頼ることが多かった。めぼしいレコードを持っているやつから借りまくって、カセットテープに録音して聞いた。

むろん、ネットなど片鱗もないので、動画はおろか、好きなアーティストの情報源は、友人の口コミ、ラジオ、音楽雑誌、くらいだった。メインは音楽雑誌だ。情報と同時に、アーティストの姿を目にすることのできる唯一の媒体だった。読書好きだったこともあり、書店には頻繁に足を運んだ。その度に「ミュージックライフ」や「ザ・ミュージック」という洋楽メインの音楽雑誌を立ち読みした。(たまに好きなアーティストの特集の時は買った)
一番満たされなかったのは、好きなアーティストの動いている姿、つまりライブを見たいという欲望だった。ビデオもDVDもyoutubeもない。テレビといえば地上波のみで、音楽番組といえばアイドルと歌謡曲のみ。ライブを見ようとすれば、来日を待つしかない。しかもチケットは中高生にすれば法外な価格だ。

 そんな中、救いの神があらわれた。不定期にだが、(だったと思う)洋楽ミュージシャンの来日公演のライブ映像を放送してくれる番組の存在を友人に教えられた。しかも、普段まず見ることのないNHKだった。
その名も「ヤングミュージックショー」
 確か土曜日の夕方に放送されていた。当時中高の土曜の授業は昼までだった。だから見ることができた。クイーン、チープ・トリック、クラッシュ、スティクス、レインボウなどのライブをテレビにかじりついて見たことを覚えている。

 ライブを見るという欲望を満たされると、ぼくの中に新たな不満が湧き起こってきた。繰り返すが、ビデオなどまだなかった。そのことに起因する二点の問題からくる不満だ。
①放送されている時に自宅にいて一台しかないテレビをNHKに合わせられる状態になくてはならない。
②見られるのは放送されている瞬間の一度きりである。

①に関しては、まあ、あきらめもついた。両親は共働きで、兄がいたが、ぼくと違いたいてい外で遊び回っていてあまり家にいなかった。家にいるのはインドア派のぼくだけだったからそう問題はなかった。(たまに書店で立ち読みに夢中になり、時計を見てはっと気づき、『あ、もう帰らなスティクス見られへん!』と必死で自転車を飛ばして帰ったことは何度かあった)

あきらめきれなかったのは、②である。好きなアーティストのライブなんて何度も繰り返して見たいに決まっている。けれども、それはかなわぬ夢である。そこで、ぼくが考えついたのは、映像は無理なのであきらめ、音だけを記録するという策である。
当時中高生の必須アイテムであった「ラジカセ」を利用してテレビの音を記録するのである。記録といっても、要は、テレビのスピーカーの前にラジカセを置いて番組開始と同時に録音ボタンを押すという原始的な手法である。(コードとかで接続する方法もあったのかもしれないが、今もそうだがメカ的なことには疎いあたくしは思いつかなかった)

当然、音質は笑うほどひどい。音質だけでなく、車の音とか近所の犬の吠える声とか幼児の絶叫などという外部からの雑音もきれいに入り、ときおり、突然帰ってきた兄の声とかも混じっている。そのぼろぼろの音源でも、当時のぼくにとっては宝物だった。テープがすり切れるほど何度も聞き返したものだった。

 ところが、この音質の問題は、しばらくして、あっさり解決することになった。まったくの偶然だった。ある日、ラジオのチューナーのつまみを適当に回していて、ある周波数でNHKのテレビの音が聞こえてきたのだ。(それがなぜなのか、もしくは技術的に当たり前のことなのか、メカ音痴のあたくしには今もってわからないのだが、とにかくラジオでNHKの音が聞けたのだ)
 ぼくは、驚きかつ喜んだ。以降、「ヤングミュージックショー」の音は、かつての原始的な手法ではなく、ラジオのエアチェック(当時はラジオ番組を録音することをこう呼んだ)のごとくきれいな音質で保存することができる。犬の声も入らない。ぼくは一人ほくそ笑んだ。
 それから長い年月が流れ、今やyoutubeやBS放送であらゆるアーティストのライブ映像を気軽に見ることができる。文明の進歩とは誠にすばらしいことである。
 先日、あるBS放送で当時熱狂的ファンだったクイーンのライブが放送されていた。録画した映像を見ながら、あの頃のぼくをタイムスリップしてこの場に連れてきてやりたい衝動に駆られた。狂喜しながら何度も繰り返し見たことだろう。終わり。

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