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芥川賞を読む#3「異類婚姻譚」本谷有希子

第154回芥川賞受賞作。
表題作はとても心が惹かれ、何にそれほど心が惹かれるのかを解明したくて2回読んだ。

あらすじはこんな感じ

ある日、平凡な主婦「サンちゃん」は自分と夫の顔が似ていることに気づく。
やがて夫の顔は目や鼻の位置がずれたりして崩れ始めて行く。ただ、それはサンちゃんと二人きりでいる時だけの現象だ。夫はもともと自宅ではハイボールを飲んでテレビをだらだら見たり、自分が原因のトラブルの対応をサンちゃんに押し付けたりする、現実逃避的なところのある男だったが、ある時から体調が悪いと会社を休みがちになり、揚げ物に凝りだし、やがて会社を休職し、家事をして過ごすようになる。似てきただけではなく、夫はどうやら自分と同化しようとしているのでは、と危惧を抱いたサンちゃんが夫に「無理して人間の形をしていないで好きなものになりなさい」と詰め寄ると、夫は山芍薬に変身してしまう。サンちゃんはその山芍薬を山に植える。

梗概だけ書くと、荒唐無稽な話に思えるが、キタエさんやサンちゃんの弟やその彼女を巧みに周囲にちりばめ、エピソードをうまくからめていくことにより外堀を埋められ、現実に起こりえないことが妙なリアリティをはらんでいて最後まで一気に読ませられた。

今の自分に不全感を感じてそのため無気力になっている(?)ようにみえる夫の姿が少ないことばであざやかに描きだされている。

個人的に猫が好きなので、キタエさんが猫を山に捨てにいくくだりで泣きそうになった。捨てたくないのに愛猫を捨てねばならないキタエさんの悲痛さが結末の芍薬夫を山に捨てるサンちゃんのさばさばした気持ちを浮き上がらせている。

結末はバッドエンドなのだろうか、ハッピーエンドなのだろうか。夫が本当の自分(山に帰る)に戻ることができ、サンちゃんも夫にからめとられず自己を保つことができたと考えればハッピーエンドなのだろうが、ラストの芍薬夫に対する冷徹なまでのサンちゃんの切り捨て方はまがまがしいほどで、どこか定まらない摩訶不思議なふわふわした読後感が残る。そのどうにも落としどころのない気持ちが小説を読む醍醐味でもあるのだろう。結局は男女が一緒に生活をするという状態を「結婚」として制度化することに無理があるのではないか、とふと感じたりもする。

表題作以外に「<犬たち>」「トモ子のバームクーヘン」「藁の夫」の三作が収録されているが、どれも共通して「自己という存在がその他のものに飲み込まれてしまう不安」を描いている。どの作品も作者が現実を創りだしているというよりも、「現実を少し違った方向に捻じ曲げている」という感覚がどこか心地よい印象を残す。
こういうの好きです。

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