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倉庫作業員は眠るように死にたい

会社をやめて二年になります。当初は朝から晩まで好きなように過ごせるのがうれしくてしかたありませんでしたが、貯金も底をついてきたので、週に何度かアルバイトに行くことにしました。通販商品のピッキングです。私の通っていた倉庫では、洗剤とかトイレットペーパーなどの日用品、インテリア雑貨、キッズ向けの商品を扱っていましや。ハンディで伝票のバーコード―を読みとって表示された番号の棚から商品を取ってきて、箱に詰めて梱包してカゴ車に積む。その作業を朝から晩まで延々と繰り返す極めてシンプルな仕事です。単調すぎる作業が合わない人は一日で来なくなりますが、私の性分には合っていたようです。二年前にやめた会社で携わっていた営業職のような対人交渉や、売る手段を考えたりなどといった面倒は一切ありません。私はピッキング作業に夢中になり、毎日楽しく通っていました。これこそ自分にあった仕事だと感じました。つまり、これまで何十年もの間、自分に合わない営業職に従事して人生を無駄にしてきた後悔よりも、自分がやるべき仕事が見つかった喜びの方が大きかったのです。広い倉庫内を一日歩き回る、適度な運動のおかげで体調もよく、気持ちが晴れることが多くなりました。
ひょっとすると、これまで冴えなかった私の人生は、今後上向いてくかもしれない。珍しくポジティブな気持ちになっていたある日のことでした。
いつものようにピッキング作業に精を出していて、私はあることに気づきました。商品を棚から取り出した際に、ときおり、ふと何ともいえないいやな気持ちがわき起こるのです。不安なような怖いような哀しいような、それまで経験したことのない妙な感覚です。当初は、理由が自分でもわかりませんでしたが、意識して心に耳をすませているうちに、だんだんとその正体が明らかになってきました。
私をいやな気持ちにさせている大もとは、作業そのものではなく、手にした商品に内在されているのでした。トイレットペーパーやおむつ、紙ナプキン、洗剤などのいわゆる「生活必需品」は私の心を何ら波立たせることはありませんでした。
私を暗く哀しい気持ちにさせる商品は、大別すると二つでした。ひとつは、「生活必需品」ではない商品、具田的には、まず、「おしゃれなデザインのランチョンマット」「高級マグカップ」「お皿用スタンド」「空気清浄器」などの必ずしも必要ではなく、生活の質を高めるであろう商品でした。
もうひとつは、キッズ向け商品です。倉庫作業を始めたのは3月だったせいか、新入学用のグッズが飛ぶように売れていました。「レッスンバッグ」「書道セット用ケース」など子ども向きらしく様々なデザインや意匠をこらした、子どもならきっとわくわくするようなバラエティに富んだ商品を手にとるたびに、私の心は暗澹たる厚い雲で覆われていたのです。
私は、常に冷たい風が吹いている家庭に育ちました。両親はずっと不仲でした。父親がちゃんと働いていなかったせいです。家庭内は常にぎすぎすした雰囲気が満ちており、経済的には決して豊かとはいえませんでした。そのせいで、両親はいつも余裕がなく、私は幼い頃からきちんと愛情を受けずに育ちました。書道セットや絵の具、ランドセルに至るまで、学習道具はほとんどが兄のお古を使わされました。
学校を出て何とか就職した機械メーカーでは営業に配属されましたが、生来の内気さと口下手な性格で営業などうまくいきはずもなく、成績はいつも最下位、もともと安い給料も査定がひどいせいで、食べていくだけでせいいっぱいでした。
買った人の気持ちを浮き立たせるはずのものを手にしながら私がいやな気分になる理由は明らかでした。それらの商品はすべて、人生の後半にさしかかろうという年齢になりながら、私が未だに手にしたことがないものを象徴していたのです。
「キッズ用品」を手にしながら、私が感じていたのは、たかだかレッスンバッグや体操着入れに色鮮やかで高価な商品を買い与えてもらえる、つまり両親からたっぷりの愛情を受けている学童に対する嫉妬でした。
「おしゃれなランチョンマット」「高級マグカップ」という私が今まで購入しようなどと頭の隅にすら浮かんだこともない、別になくても生活に困らない商品を高価な金をはたいて買い求める人がこれほどたくさんいるとは、夢にも思いませんでした。
私が手に入れたことも、おそらくこれからもう手に入れることもないだろうものを象徴する商品を、私は、毎日、それを手にしている者たちのために梱包して送り出していたのです。
そのことに気づいた私は、いたたまれなくなり、だんだんと、ピッキングに行くのが苦痛になり、ついにはやめてしまいました。ピッキングに行かなければ、ただの無職の私はどこにも行くところがありません。アパートのベッドに横たわって惰眠をむさぼりながら、ふと目覚めたとき、狭く殺風景な部屋を眺めながら、それまでに意識したこともない、自分の肉体が確かに存在するのだという感覚をおぼえました。その不思議な感覚を堪能しているうちに、私は半分眠って半分起きているような、奇妙な状態におちいることがありました。そのまま肉体も意識も消滅してしまいそうな、それでいてとても甘美な気持ちでした。いつか必ずやってくる死というものは、誰もが怖れているにもかかわらず、きっとこんなふうに甘美でとてつもなく気持ちのいいものに違いない。根拠もなく私は確信しました。それ以来、毎日私はベッドに横たわり、甘美な気持ちを味わいながらそのまま死が訪れてくれるのを待ちわびるようになったのです。
死ぬ時は、苦しみも、痛みもなく、眠るように死にたい。それが私の最後の望みです。
(了)

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