見出し画像

何も書くことがない。
幸か不幸か、何も書くことが浮かばないのだ。

全てがどうでも良くなってしまった結果なのだろうか。それとも今は私なりの躁状態なのか?とにかくそれは、これまでの状況を考えたら幸せなことなのだろう。


ここまでの文章は、数ヶ月前で止まっていた途中のものだ。



今の状況は「何も書くことがない」というよりも、「どう書いたら良いかわからない(何も書けない)」という方が正確だ。この心情を表現するには、私基準で相当な労力を要することになる。それでも何かしら、少しでも、意味不明でも、理解されなくても、ただこうして文章化していないと、今にも涙が溢れてしまいそうだ。

どうして、どこが間違っていたのか。私の何が、あなた達をそこまで不快にさせたのか。単なる性格の不一致だとかそういう話ではなくて、私に何かしら問題があるのだろうということは、これまでの私の人生が証明してきた。主観で見ても、客観で見てもそうなのだろう。そもそも主観が捉える客観的視点になんの意味があるのかはわからないが、とにかくそうなのだろう。

これは自責でも自罰でも自傷の思考ではない。私のせいでここまで私の人生を狂わせてくるならば、どうして誰も訂正せず、叱らず、罰せず。どうして子どものような陰湿な攻撃で私を責めてくるんだ。どうして、遠くから私を見て笑っているんだ。どうして、すぐに私に愛想をつかして逃げていくんだ。そのくせ、どうしていつまで経っても呪いのように、最短距離から私を苦しめ続けるんだ。


他殺は罪なのに、自殺は罪ではない。ただ、こちらに引きずり込むことはできる。
私は簡単には死なない。必ず巻き添えにお前たちを殺してやる。直接的ではない。そう簡単に楽にはさせない。私が何年も何年も味わい続けている苦しみを、その一生の中に刻んでやる。絶対に逃さない。

なんてね。どうせできやしないさ。そこまでの熱量も最早持ち合わせていないよ。日々を生きるだけで精一杯だ。終わらせたいと構想するだけで、終わらせたくないと藻掻くだけで目いっぱいだ。

でもせめて、これくらいのことは言わせてくれ。もう二度と関わりたくないのにさ。どうしてお前らは邪魔ばっかりするんだよ。どうして私の唯一の幸せすら塞いで潰してこようとするんだよ。どうしたらそこまでエゴに生きられるんだよ。


私と関わる人間は、ごく一部の例外を除いて必ず私に敵意を向けて離れていく。嫌われるのが怖いとか、そんなことを考える間もなく呪いを残して去っていく。私だけを残して去っていく。どれだけ自分を慰めようが、どれだけ自分を罰しようが、どれだけ前を向こうが、後ろを向こうが、結局関わってきた呪いは私を「ここ」に停滞させる。突き立てれば終わる刃物一本しかないような場所に。


病気でも、性格でも、もうなんでもいい。ただ少しでも理解されたかっただけなんだ。烏滸がましい期待を捨てきれなかっただけなんだ。誰かと、少しでも穏やかに関わってみたかっただけなんだ。でも根本的にそれが不可能というなら、私は独りで思考し続けるしかない。周りには、どうせ誰もいない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?