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普通の鍋

ぐつぐつ、ぐつぐつ。
「おじさん、なにを煮込んでいるんだい」
「ああ、これは普通を煮込んでいるのだよ」
ひと口味見した若者は
「これじゃあ全然味が薄いよ」といって
塩を加えて、また味見して去っていきました。

ぐつぐつ、ぐつぐつ。今度は別の若者が問います。
「おじさん、なにを煮込んでいるんだい」
「ああ、これは普通を煮込んでいるのだよ」
ひと口味見した若者は
「これじゃあしょっぱすぎるよ」といって
水を加えて、また味見して去っていきました。

ぐつぐつ、ぐらぐら。また別の若者が問います。
「おじさん、なにを煮込んでいるんだい」
「ああ、これは普通を煮込んでいるのだよ」
ひと口味見した若者は
「これじゃあ味が足りないよ」といって
砂糖を加えて、また味見して去っていきました。

ぐつぐつ、くつくつ。最初に塩を足した若者が戻ってきて、味見をしました。
「おじさん、全然この味普通じゃないよ」
「そうだね」
「もしかして普通なんてものはない、完成することはないって知ってて煮込んでるのかい」
「ああ、そうさ」
「じゃあなんでおじさんは普通を煮込み続けてるんだい」
「君たちみたいに普通をおいかけて右へ左へ揺れ動く若者を見るのが、1番の酒の肴になるからさ」
そういっておじさんは飲んでいたビールを少し鍋に加えて、鍋をかき混ぜましたとさ。

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