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ロイヤリティ契約の光と影

東京の町田市でデザイン事務所と小さいメーカーを生業にしている角南です。(有)TSDESIGN代表。アウトドアブランドMONORAL代表。
サラリーマンデザイナーを5年、フリーランス3年くらい、会社にして15年ほど工業製品のデザインの仕事しています。仕事を通じた見聞、体験を書いていこうと思います

以前書いた「デザイン料の決め方、決められ方」で軽く触れたデザイン料をロイヤリティ(成功報酬)としてもらうケースに関してまとめてみたいと思います。ロイヤリティとは、デザイン業界ではデザイン料をクライアントが得た販売利益から分配して払ってもらうことを指しています。似ているのが書籍の著者や音楽家が得られる印税収入でしょう。売れた分に比例して作者にお金が支払われます。基本は同じ構造です。しかし価値そのものに物理形態のないそれらと、工場で生産される工業製品を販売して得られる利益を元にしたロイヤリティとは少々事情が異なっています。

ロイヤリティ契約はWin-Win?

デザイン料の決め方、決められ方」に書いたとおり、ロイヤリティ契約は商品開発の成果をクライアント(主に製造メーカー)とデザイナーで分配しようという考え方です。クライアント側から見れば売れるどうか分からない新商品に最初からデザイン料を投資するリスクを抑え、儲かった分からだけデザイナーに払えば良い、というメリットがあります。
デザイナー側から見たら、自身がデザインした商品が販売面で成功したらその分収入が発生し、単発でデザイン料をもらうより継続的に不労所得が得られるというメリットがあります。
つまりこれはクライアントとデザイナー双方にとってWin-WInになるはずの契約形態です。弊社でも数社のクライアントとロイヤリティ契約を結び、現在も継続しています。しかし過去にそう単純でないことを数々経験してきました。

ロイヤリティ契約のコツ

これはデザイナー目線の話ですが、クライント側に商品開発の動機があり、デザイナーはそれを請けてデザインワークをロイヤリティ契約で行う場合、”基本料金+ロイヤリティ報酬”という組合わせの契約をするのがお勧めです。完全にロイヤリティ報酬のみであるとデザイナーは丸損になる可能性がかなり高いので、ちょっとした基本料金的な金額を設定したります。例えば、
 基本料金 100,000円+ロイヤリティ メーカー出荷額の5% 
みたいな決め方です。この基本料金は商品単位だったり、月額契約だったりと色々なケースがありますが、単発でデザインを請けた場合より安く設定します。そうしないとクライアント側にメリットが無いからです。なぜ基本料金を設定するかというと、これがないとクライアント側は何でも自由に頼めてしかも商品化しなければ全く費用がかからないという事態が起こりえます。その場合デザイナーは延々とタダ働きするだけになる可能性があり、それを防ぐ意味があります。

ロイヤリティの%は決まりはないのでケースバイケースですが、5%前後が多いようです。あまり高いと商品が成立しないし、安すぎるとデザイナーは赤字のままの可能性が高くなります。算定基礎となる金額は、商品の販売価格か卸値=メーカーが直接手にする金額、であることが一般的です。例えば定価10,000円の商品の場合、卸値が6,000円、ロイヤリティ5%は300円といった具合です。出荷額を基礎にするのは金額が明確化するだからかと思われます。これをメーカー利益などにすると変動要素が多くなる上に、メーカー内のみで生まれる数字なので監視できないとう面があります。

一方、デザイナーが人から頼まれずに自身でに商品化したいデザイン案を持っていて、それを製造メーカーに商品化してほしいと売り込む場合、100%ロイヤリティのみというケースは考えられます。ただその場合デザイナーが知財権を抑えていないと製造メーカーはデザイン案を見てそのまま勝手に製造販売しても問題がないため、デザイナーは自身の利益を守るのはなかなか難しいものがあります。知財を抑えてからであれば、「デザインライセンス契約」という別の契約形態があり、それもいつか書きたいと思います。

ザイナーが先にリスクを負う

ロイヤリティ契約が成立し、開発が進み無事生産までこぎつけて販売されれば、デザイナーには約束されたロイヤリティ額が支払われることになります。メーカーも初期投資を抑えて新商品にデザイナーの力を取り込むことができてハッピーなはずです。最悪たいして売れなかったとしても、メーカー側は過剰にデザイン料を払う必要がありません。その場合、デザイナーは作業工賃を下回るデザイン料しかもらえないため損します。しかし逆に沢山売れた場合は、通常料金を上回る金額を手にすることができるはずですし、メーカーも利益を手にしているはずです。これがロイヤリティ契約の上手くいったケース、光の部分です。

商品開発が上手くいくとは限らない

しかし、工業製品の場合、発売を目指して開発を始めるものの、結局商品化できなかったというケースは多々あります。デザイナーは既に仕事を終えていたとしても、その先の製造面、販売面、財務面、その他もっと良い商品が先に市場に出ちゃったなどの状況により、すんなり出るほうが少ないくらいです。

商品開発は当然ですが生産よりも企画デザインが先立ちます。つまりはデザイナーがまず仕事をしてデザインを提供し、その後設計製造が始まるわけです。この順序は変えようがないため、商品が発売されなかった場合、デザイナーは基本料金だけ、場合によってはそれもなく完全にタダ働きで終わります。

私の経験上、日本でロイヤリティ契約を希望するのは、多くの場合規模の小さい企業です。デザイン料を先払いするゆとりが無いために、商品ができて売れて原資が生まれたら払えば良いのは都合が良いと考えます。その点、大企業は生産量が多くロイヤリティ額が結果大きくなることを知っているのでやりたがらないこと多く、また別の話ですが個人に報酬を直接払うということを嫌う傾向があります。

感謝が敵意に変わる時

さて、ここからがロイヤリティ契約の影の部分です。クライアントがロイヤリティ契約を希望し、望んだ商品ができあがる過程でデザイナーは大変感謝されます。それはそうです、本来有料なサービスをほぼ無料か安価に提供しているからです。形がないところから、要望に応じて具体的な姿が見えてくることに多くの人は感動します。これがデザイナーの力と言えます。

商品が完成して量産が始まり実際の販売がスタートして、クライアントもデザイナーも大喜び、まだ幸せな時間です。雲行きが怪しくなってくるのは、実は商品が売れなかった時ではなく、よく売れるようになってきた時です。なぜでしょう?

書籍や音楽と違い、工業製品は売れてくると生産管理、販売管理、アフターフォローといった沢山の仕事がメーカーにのしかかってきます。売り続けるには継続的な労力が必要で、不良やユーザー事故のリスクもあります。生産数を増やすには仕入資金の拡充と在庫も必要となり財務面の負担も出てきます。ロイヤリティの計算も面倒くさい。そうなってくるとクライアントは
「自分ばっかり苦労していて、デザイナーは何もしてないのに利益を持っていっている」
という気分になってくるのです。最初にルールを決めたのに関わらず。

忘れられてしまうデザイナーの働き

デザイナー側は、最初手弁当であんなに頑張って、色々と難題を乗り越えて商品を完成させて今その対価を今受け取っている、良い企画デザインであったから販売を伸ばすのに寄与している、と考えています。しかもロイヤリティ契約です。赤字になるかもしれないリスクを飲み込んで賭けに勝ったという気持ちです。

実際デザインワークには様々な試作などの物理的な経費がかなりかかりますし、当然時間は非常にかかります。しかしそれらの価値を提供したことはすっかりクライアントの頭から抜け落ち、デザイナーは単なる利益泥棒みたいに敵視されるようになるのです。皮肉にも売上が少ないとロイヤリティも小銭レベルに留まるため気にならないようです。

これはデザインワークに形がなく、価値観を感じにくいことが基本にあるなと常々感じています。例えば同じ敵意が生産工場に向くことは少ないようです。デザインは製品製造に必要な材料と同じく必須な要素であるとデザイナーは考えるわけですが、クライアントは形のないものだからいくらでもコストダウンできるという考えです。この状況はデザイン業界全体の課題かなと思います。

ちゃぶ台返しの攻防

クライアントが上記のようなダークモードに入った場合、なんとかデザイナーに払うロイヤリティを削減しようとしてきます。商品原価を下げる行為なので当然とえば当然なんですが、デザイナーとしては約束が違うという気分になります。生産コストは削減できてもゼロにはできません、製造が停まってしまうからです。しかしデザインロイヤリティを払わなくても商品の生産は問題なくできてしまうのです。

ロイヤリティの支払額を減らす手段というのは、正攻法に契約更新時に条件変更を交渉するというものから、実に様々な寝技が考えられます。ちょっとお金周りに詳しい人ならいくらでも考えられるでしょう。

幸い私自身は直面したことがないですが、ロイヤリティ契約の対象になっている商品を廃番にして、ちょっとだけ変えた商品を新規に売り出すという「ロイヤリティ外し」という大技が横行しているという噂を聞いたこともあります。逆にデザイナー側が、新商品に対して自分のロイヤリティ権を主張して取りに来ている様子を見たこともあります。

こうした面倒な事態を知ると、書籍や音楽の印税支払いは確立しているようで(詳しく知りませんが)で羨ましい限りです。

ロイヤリティ契約とは
「売れないとデザイナーが損し、売れるとメーカーは損した気分になる」
と言えます。気持ちの上ではWin-Winではないのです。

まとめ

デザイナーは形のないアイデアを形にすることができる職能です。ロイヤリティ契約に限らず、「とりあえずデザインしてしてよ、上手く行ったら払うから」という人は沢山集まってきます。私自身そういう人に騙されてずっとタダ働きしたり、何度も何度も要求どおりにデザインワークをこなしてやっと5000円もらうとか、そういう経験が沢山あります。ロイヤリティ契約をできるようになってもここに書いたようなストレスを度々味わうようになり、ロイヤリティ契約を管理する第三者組織を作ろうかなんて考えた事もあります。自分でメーカーをやればこのストレスは皆無になるんですが、自己資金以上のものづくりができないのが悩ましいところです。


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