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デザイン料の決め方、決められ方

東京の町田市でデザイン事務所と小さいメーカーを生業にしている角南です。(有)TSDESIGN代表。アウトドアブランドMONORAL代表。
サラリーマンデザイナーを5年、フリーランス3年くらい、会社にして15年ほど工業製品のデザインの仕事しています。仕事を通じた見聞、体験を書いていこうと思います。

今回のお題は、皆気になるデザイン料の話し。デザイン料を請求する側も、デザインを頼んで払う側も、経験がないとデザイン料の相場やどうやって決まるのかというはよく分からないと思いますし、自分も独立後長い間手探り状態でした。

ロゴマーク一つ一千万円?

学生時代、講師の一人に、資生堂在籍で世界的にも成功したグラフィックデザイナーのN先生がいてその人から聞いた話が、「東京都のイチョウのマーク。あればコンペ参加費が一人300万、採用案が1000万だよ」でした。一日の生活費が500円だった学生の自分には「ええ、あんなシンプルな緑色のイチョウマーク考えるだけで?」と浅はかに驚いたものです。

学生時代の私を含め、一般的にデザイン料って常に「これだけのものに、こんなにかかるの?」と思われているように感じます。それは納品物が紙一枚の絵だったりとか、図面だったりとかで、物量としての迫力が無いからかも知れません。

デザイン料にルールはない

デザイン業にはなんの資格も認可もないので、報酬の規定といったものもなく、それぞれデザイナーが自己裁量で決めてクライアントとすり合わせしています。デザイナーでも会社に属するインハウスデザイナーだと、デザインワーク自体の対価というものを把握することがないので、独立したときに一体いくらで見積もれば良いのかさっぱり分からなかったりします。

もと会社員だった私もそうでした。デザイン事務所などでキャリアを積んだ人なら、デザイン料の相場など把握した状態で独立できる場合もあると思いますが、独立当時の自分はまったく見当もつきませんでした。さらにクライアントも幾らくらいだよ、というは教えてくれません。駆け出しのデザイナーなら安くやらせられるだろうという目論見があるので、安い見積が出てくるのを手ぐすね引いて待っています。結果、自分の生活感覚に基づいた、例えば名刺デザイン2,000円とか、チラシ一枚10,000円とかの金額で、その仕事を何週間もかけてやるみたいなことになります。それでも自分のデザインワークに直接値段がつく喜びで、時給が100円切ってるなどは全く考えませんでしたが。。

デザイン料を決める三つの視点

ある程度デザイン業の経験を積んでくると、三つの視点があるということに気づきます。それを書きたいと思います。

1.作業工賃としてのデザイン料
そのデザインを仕上げるのにかかった時間に基づいた金額算定。デザイナーの生活費(組織の場合は給料)とデザインワークにかかる経費(家賃、紙代、インク代、ソフトウェア使用料とか)に利益を乗せた額。付加価値をあまり考えない最低賃金とも言えます。クライアントには専門的なスキルをもった人間を何日も拘束する費用と考えて貰えれば分かりやすいかと思います。実際デザインワークは時間かかりますので。

デザインワークは常に一品一様で繰り返し作業ではないので、この作業時間はデザイナー自身も正確に予想できません。なので常に「この依頼にはこれくらい時間がかかりそうだ」と予測して見積もりします。日数を多く見積もって早く終わればラッキーだし、逆だと赤字になっちゃいます。一種の博打です。かかった時間分を請求するというのはあまり無いケースです。なぜならいくらでも水増しできるからでしょう。

ある程度営業していると経費を把握できるので、1日幾ら、1時間幾ら、といった自分なりの時間当たりの基準額を設定出来るようになります(アワーチャージなどいいます)。この考え方は手作業をメインとしたサービス業とか、工場も同じ考え方で営業していて、仕事の内容が画一的で合理化できる業態(量産工場など)ほど利益率を低く設定でき、毎回違うことやるために効率化が難しい業種(デザイナーとか自動車整備とか)ほど利益率を高く設定しないと損することなります。ちなみにTSDESIGNの基本設定は、2020年時点で、一人一日50,000円です。

2.開発費としてのデザイン料
これはクライアント側の視点です。工業製品しても広告などにしても、それを生産するコスト=投資があります。その投資の内訳のうち、何%くらいをデザイナーに払うか、という視点です。

例えば新しいボールペンを開発するにあたり、デザイナーに頼まなくても基本的な設計と金型などの生産に必要な物理的な投資だけで作ることができます。しかし「デザイナーにデザインを頼んだ方がいいね」となった場合、開発投資が500万だとしたら、そのうちの5%の25万くらいは払えるかな?みたいな皮算用が産まれます。

5%オプション料金を払うことで、商品がより良くなるかも?みたいな感覚です。このパーセンテージはデザインに対する期待値とも言えます。残念ながら工業製品の場合、デザインそのものが商品を成り立たせている訳では無いのであくまでオマケ扱いですが、それでも近年はデザインが良くないと売れないという認識は広まっていて、パーセンテージは増えている方向と感じます。

開発費をベースした考え方は、日常的に商品開発をしているメーカー業ではよく使われています。開発予算を元にしたデザイン料の指定があること良くあります。その場合デザイナーは、例えばデザイン料30万で指定されたら、一日50,000円設定だと6日間で終わらせないと赤字だなとか考える訳です。

この理屈だと開発投資が大きいほど、デザイン予算も増えていくわけですが、一方で「デザインってちょっと思いついて絵を描くだけでしょ?」「なるべく安く抑えたい」という気持ちがクライアント側にもあるので、開発投資が莫大になっても、デザイン料は莫大になりません。なんとなくこれくらいというボーダーラインがあります。またライバルデザイナーとの価格競争も当然ある訳です。その点、建築費に比例して設計料金をもらえる建築設計士とは違います。

逆に困るのは開発投資が小さすぎる場合。全体で20万の予算で新商品を作ろうとしたら、デザイン料は5%だと10,000円になります。内容によりますが、そうすると作業工賃を下回り、そもそもやるだけ赤字な仕事になります。こうして多くの場合、1.作業工賃と2.開発投資の間でデザイン料の綱引きが行われるわけです。

3.成果としてのデザイン料
これはデザイナーとクライアント双方からの視点と言えます。制作されたデザインがどれくらい商品の販売数や広告の効果に寄与したか?という視点での値付けです。工業製品であれば、その商品の販売で生まれた利益をデザイナーに分配するという考えです。成果報酬と言えます。

しかしこれも予測がとても難しいものです。売ってみないと売れるか分からないし、デザインのみが売上げを左右する要素ではありません。デザインの良し悪しも判断は感性的なもので、定量的な判断が難しいものです。
2.で書いた固定費としてのデザイン料ではないため、いくら入るかわからない、最悪デザイナーには1円も入らないという可能性があります。デザイナーにとってはリスク高めな契約です。

この成果としてのデザイン料を考えるという場合、成果の見てからデザイン料を後払いするという、ロイヤリティ契約というものが存在します。商品が売れた利益から算出してデザイナーに支払うという考えです。ある意味デザイナーとクライアント双方に良い関係に思えますが、実際はそう単純ではないということはまた別に書きたいと思います。

1.作業工賃としてのデザイン料
2.開発費としてのデザイン料
3.成果としてのデザイン料
以上3つの視点を書きましたが、クライアントにとってはいずれもデザイン料が妥当であるか客観的判断は難しいものになります。
デザインの成果は世に出してみないとわからないため「きっと良いに違いない」という希望的観測にならざるえません。そこで実際のところデザイン料の大小は" デザイナーの知名度 "もしくは” デザイナーの実績 ”が判断材料となり、デザイン料に変換されるという状況になっています。

" 有名デザイナーはデザイン料も高い "というが最もわかりやすいケースですが、有名でなくても当該商品の分野での経験値が豊富であるとか、「他よりちょっと高いけどこの人に頼んだ方が良さそうだ」という信用と期待を元にしたデザイン料です。先に挙げた東京都のマークは、売り物ではないですが、一流と評価されるデザイナーの産み出す結果に期待した金額かと思います。

デザイナー側から考えると、実績と信用を積み、自分の名前を売ることで、デザイン料を作業工賃から離陸させて高く設定できるということです。デザイン業を営む上で一つ目指すべき方向な訳です。私自身、30歳で独立して月収5万円くらいからスタート、最初は赤字からスタートして一寸ずつ一寸ずつ作業工賃を上げてきた歴史と言えます。しかし実績を積んである程度デザイン料上げてくると、伸びが鈍化してこれ以上なかなか上がらない(高く見積もっても仕事をとれない)状況になってきます。

そこで考えるのは人を増やして売上げを伸ばすか、他の何かで伸ばすかです。そこで私はメーカーをやるという選択肢をとったわけですが、その選択はかなりレアだと思います。多くの場合は、
・有名デザイナーになる
・より大手の取引先を捕まえる
のどちらかを指向します。

前者であれば、そのデザイナーがデザインしたということ自体がニュースになるので、デザイン費が開発費のみならず広告宣伝費にもなっていることになり、クライアントとしてもお金を出しやすくなるというパラダイムシフトが起こっています。しかしセルフブランディングをきちんとしなければなかなか辿り着けない境地ではあります。ルックスも大事。ある日本人としては最も成功したと思われるプロダクトデザイナーの元で働いていた友人に聞いたところ、「とりあえずどんな案件でも、最低1千万からスタートだよ」と言っていました。いいね!

後者は、より大手企業であれば商品開発の規模も大きいので、予算の分母が大きく同じデザインワークでもデザイン料が沢山もらえるということです。2.の考えの延長です。しかし大手企業ほどデザイナー選定の目も厳しいので、そこに採用されるための信用を何らかのカタチで作る必要があります。独立したての場合、実績はないので「元○○のデザイナーです」という経歴が役立ったりします。○○に入る模範解答としては日本だと「無印良品」「ソニー」「ホンダ」とかでしょうか。他にも自分の手がけた商品がヒットして有名というのも良い条件ですが、日本では殆どの場合、デザイナーは仕事の実績を公開させてもらえないのです。そこで売出し中のデザイナーは自己資金で試作品を作って展示会出品したり、デザインコンペに参加したりすることもあります。

まとめ

デザイン業を営んで15年以上たちますが、未だにデザイン料の見積には悩みます。自分の仕事に自分で値付けできるのが、自営業の愉しみな訳ですが、同時にストレスでもあります。一つ過去を振り返って思うのは、自身の金銭感覚がメンタルブロックになっていて、高い見積を怖くて出せないということです。やっぱり取れると思って取れないとガックリするし、安くして喜ばれたいみたいな弱気なサービス精神もあるわけです。きっと実績とか無関係に「とりあえず一千万くらい無いと良い仕事できません」みたいに言えるメンタルが必要なんだろうな。デザインを頼むクライアントには、デザイン料はそれを制作する人件費なんだと理解してもらえると嬉しいですね。



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