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何故と何処の沼へズブズブ、ブクブク

何故?って思うこと、日常にたくさん落ちている。
たとえば、本当にくだらないとはわかっているけれど、なんで大抵の家庭のお手洗いにはカレンダーがあるのでしょうかという疑問を抱えています。
靴下って靴中ですよね、サイコロのコロの部分って擬音ですかね、とかそういうの。

7月から始まる新しい生活に備えて、毎夜毎夜仕事終わりの身体に無理くりギアを捩じ込んで廻して稼働させている。
普段から所有物を最低限にする癖が根付いているので、そこまで大変な引越しにはならなさそうだ。
それでも何かを捨てたい衝動に抗えないので、実家から持ち出す予定のない食器や大きな家具をかなり捨てた。

昨年のちょうど今頃の季節。一人暮らしの1DKから実家に戻ってきた。環境を変えねばもうどうしようもないメンタルだと、永らく暗い心と付き合って生きてきた私が頭で理解したのだ。ネガティブ方面に落ちた心を頭で冷静に理解できるというのは、私にとって最後通告の信号だ。それ以上いくと記憶が飛び始めるという経験則を持っている。
社会人になりたての若く青く尖った自分が創り出してしまった環境や状況に耐えかねて、とりあえず一人暮らしをギブアップしてみた。
ちなみに人生のどの部分を切り取っても、「ここに居ていいんだ」という安全地帯と出会えたことはなく、実家とて例外ではないです。それでも流石に帰りたい、と当時は思ったらから重症と言ってよい。

ずっと居場所を探すような生活に、そろそろ飽きた。次の家が、帰りたい家になりますようにと、こんな感じで次の七夕の願い事は早々に決まっている。

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