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取り憑いたのは

久々に雑記帳を見返していたら、半年ほど前に見た夢の記録を見つけた。
悪夢だった。とてつもなく怖い夢。自分の叫び声で目を覚まし、前髪は冷や汗で湿っていた。
それでも私は、起きてすぐにその夢を記録しようと、雑記帳を引っ張り出したのだ。忘れてしまわぬうちに、何もかもを鮮明に記録したくて。
そのくらい衝撃的で、心にひっかかる夢だった。



少し怖い話になるけれど、夏なので怪談話だと思って聞いていただけたら。





そこは夜の学校だった。


私は、ある教室で席に座らされている。教室の電気はつけられていた。蛍光灯特有の眩しさが、窓の外に広がる暗闇を一層際立たせている。

たくさんの机が教室の隅に乱雑に寄せられ、教室の真ん中には丸くスペースが作られていた。
そこに、5つだけ机が並べられている。真っ直ぐではなく、弓のようにしなった形で。
私はその左端に座っている。他の4つの席にもすべて、学生服を着た誰かが座っていた。
そしてそんな私たちの前に、背の高い誰かが立っている。顔はよく分からなかったが、にんまりと笑う大きな口だけははっきりと見えた。


「これを、笑顔のマークにくり抜いてみましょう!」


背の高いその人物(人かどうかも怪しいが)にそう言われ机に視線を落とすと、いつの間にやらそこには、なにか分厚くて丸いものと、銀色の型抜きが置かれていた。
なんの疑問も持たず、私や他の学生たちは作業にとりかかる。

私は、三日月形に笑った目と口を作るようにくり抜いていく。
顔が完成したとき、背の高い人物が再び口を開いた。


「じぃっと見つめると、“あの子の顔”が浮かび上がると思います」



その瞬間。


笑顔にくりぬかれた丸い何かから、ぐわあ、と女の子の笑った顔が浮かび上がった。
と同時に、周りが暗くて重い闇に包まれる。はっとした私が右隣をみると、その女の子が隣の席に座ってこちらを見ていた。
少しぽっちゃりとした丸い顔と、肩上くらいの重たいボブヘアー。
彼女は不気味な笑顔を浮かべたまま、こちらをじっと見ている。その顔はどんどん私に近づく。そして、私は気がついた。
三日月形に細めた目は、笑っているのではなく、妬ましげに歪んでいるだけだと。


見た、と思った。
見てしまった、と思った。


夢の中であんなに鮮明に人の顔を見たのは、生まれて初めてだった。

突然、何かとてつもなく重たいものが私の上にのしかかる。私は耐えられず、机から転がり落ちて四つん這いになった。
上を見ずとも、あの女の子が私に覆い被さっているのだとなぜか分かった。
重みは、どんどん増していく。ズズズ、と私の中に沈んでいく。


「乗っ取られる」。そう思った。



そのとき私の底の方から、驚くほどの怒りが湧いてきた。
「どうして、あんたの怒りや悲しみを、私が背負わなきゃいけないんだよ!!!」
大きな怒りに突き動かされて、私は思いっきり怒鳴った。
すると突然、金縛りが解けたように体が動いた。闇に包まれていた背景が、真っ白に晴れて行く。


勝った、と思った。
恐怖心に?いや、違うな.........


そのとき。
自分の叫び声...というより怒鳴り声で、私は目を覚ました。
心臓はバクバクと大きく鳴り、額には汗が滲んでいる。私の脳裏には、あの女の子の顔がこびりついて離れなかった。




私が見たその顔は、私自身だった。





ずんぐりとした顔に、垢抜けない髪型。
あれは紛れもなく、学生の頃の私だった。

常に周囲から比較され、自分より優れている人を妬むしかできなかった、過去の私。
彼女は泣いていた。
笑ったように歪んだ瞳から、涙を流していた。

忘れていたのだ、私は。
いや、忘れたふりをしていたかったのか。
過去の自分を置き去りにして、上辺だけ解決して、私はハリボテの現在を生きていた。
だからこそ今でもときたま、過去の私に引っ張られそうになることがある。重くて深い暗闇に、引きずり込まれそうになる。
そんなことが続いていた頃、この夢を見たのだ。

でも、私は打ち勝った。
過去の自分に。それ以外の何かに。

そう分かった時、私はペンを握っていた。
この夢を記録するために。

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