バイオリンを習っていた。 その教室の水曜日16時のクラスには 4人の生徒がいて彼は一番古く、一番下手なのだった。 その教室のテーブルにはいつも粒もののフルーツが置かれている。 柘榴や山葡萄、ブルーベリーや、山もも。 先生の家の庭になるのだ。 「お食べなさい」 そう言われてみんな手を伸ばすけれど それはいつも彼がレッスンを終えて帰る時に限った。 「お食べなさい」 ドアがパタンと閉まる。 お食べ。 お食べ。
ほんの一年ほど仕事の都合で東京のはずれのアパートに住んだ。 まだ田舎臭さの残る町で駅は新しく綺麗だったが、どこか倦んだような商店街を抜けると所々畑があったり、空き地にロープを渡しただけの駐車場があったり。主婦達が、そこここに立ち止まって話し込んでいるようなそんな所だ。アパートは木造の二階建てで一番奥が私の部屋だった。 窓を開けると砂利敷きの駐車場の向こうにどうやってサッシをはめ込んだのだろうと思う程歪んでひしゃげた、でもそこそこ大きな家があってそのすぐ脇がゴミ置場だった。
生き返る ベンジャミン そのベンジャミンが私達のところへ来たとき 二本の枝がこよりのように撚ってあって床から160㎝位の所でこんもりと葉がまんまるに刈り込まれていた。 が、今では、すっかり枝を切られて丸坊主だ。 「なあ、このベンジャミン外に出さない?」旦那が言う。 「なんでよ」 「虫がいる」 「虫?」 「最近小さなハエみたいなのが飛んでるじゃん。掃除しないと洗面所にわいてくるような奴」 「チョウバエっていうんだよね。それ」 「へえ、超バエか。へえ」 知らん顔しているう
会う 約束をする。 約束の日はちょっと 遠い。 本当はそんなに 遠くもないんだろう。。 朝も 昼も 夜も会いたい その二人には 翌日の約束さえ遠いかもしれない。 会うその日まで 声だけでつながっている。 声は 相手の声でありながら ちょっと違う。 声の中にちょっと 遠いがまじっている。 会いたくて会いたくて 待ち遠しくて…… 言えば辛くなるから 違う話をする。。 違う話しは ちっとも頭に入らない。 会いたいね……あいたい。 あいたい あいたい あいたい
「あんな年」まで生きてしまった叔母に捧ぐ 私の両親はもうとうに亡くなったけれども 父が八十六、母が八十三の時だったけれども 二人そろって少し惚けてきていて、それは私や兄の将来の足枷となるのではないかと戦々恐々とし、近所に住んでいた叔父夫婦も、叔父は既に亡くなっていて義理の叔母だけだったけれども。 叔母は自分も巻き込まれるのではと心配し、心配は嫌悪感に変わり、「あんな年まで生きていたくないわねぇ。あなたたちも大変よねぇ」と私が娘であることを忘れたように零していた。 そ
「もりちゃん、ピアノ弾けるの?」 音楽室の掃除の時に普段は鍵のかかっているグランドピアノの蓋が開きっぱなしになっていて、もりちゃんはいち早くそれを認めると「ピアノつ」と叫んで駆け寄りポーンとひとつ鍵盤を叩いた。 「弾けるって程でもないけどね、習ってたんだ。小学生の時」 「ふーん」 「ななこちゃんは?ピアノ弾ける?」そう聞き返しながらもりちゃんは、ゆったりとしたきれいなメロディを少しつっかえながら弾き始めた。 私は「弾けないよ」聞こえないほど小さな声で答える。