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「みんなに平等」≠「みんなが幸せ」。行政のタブーに切り込んだ流山市に学ぶまちづくり×マーケティング

今、日本で最も人口が増えている地域を知っていますか?

2021年の調査で、人口増減数全国1位。人口増加率でも全国3位。現在、約20万人が暮らす千葉県の北西部、流山市です。

流山市の10年前の人口は約16万人。この10年間で、約4万人、25%の人口増を達成しています。

もともと人気のまちだったわけではありません。イメージは良くも悪くもなく、はっきりいって「無名」―。20年前には、他の多くの市区町村と同様に、財政難に陥っていました。

9割以上の市区町村で総人口が減少すると言われている今、劇的な変化を遂げた流山に多くの注目が集まっています。

第二の流山は作れるんじゃないか?という発想

流山の人口増加は、様々なメディアで取り上げられるほど注目されていますが、実は私は「流山だけが特別」だとは思っていません。

下のグラフは、2016年~2021年までの5年間の流山市の常住人口の推移を表したものです。見ていただければ分かる通り、人口・世帯数ともにきれいに右肩上がりです。

1年ごとの増加数の平均は、4,974人。増加率でみると、2.07%~3.11%。増加率の平均は2.62%です。

この数字を見て、私は「1年あたり2~3%の増加率なら、他の地域でも実現できるんじゃないか?」と考えるようになりました。

流山市ウェブサイトより、流山市の月別常住人口データを取得し、筆者でグラフ化。
各年度、12月の値で比較している。

人口3万人の市や町であれば、2.5%で750人。あるいは市区町村単位ではなく、1000人程度の小さなまちや集落で考えてみれば、2.5%で25人。

過去のnoteでも紹介していますが、私のまちづくりの考え方は、「半径200メートルほどの限られたエリアで、コンセプトを絞って展開する」ということが基本になっています。

この考えの下で、各地域の工務店さんと協力してまちづくりを進めています。流山の人口推移のイメージを田舎でも実現できれば、10年後は同じように劇的な変化を遂げていることも不可能ではないように思えるのです。

「誰に」「何を」―
ビジネスでは当たり前のことが、行政ではタブーだった。

流山の取り組みが他の市区町村と際立って異なっていたのが、行政に「マーケティング」という視点を持ち込んだことです。

ターゲットを絞る、コンセプトを尖らせる、などビジネスの世界では当たり前に行われていることが、行政ではタブーとされています。全員に平等に公共サービスを提供するべきだという考え方の下では、特定の層だけを優遇する制度は歓迎されません。

私は「まちづくり3.0」として、ビジネス的な経営戦略を応用したまちづくりの方法をnoteでもよく紹介していますが、それを市区町村単位でやってのけたのがまさに流山市です。

流山市では、ターゲットを明確に、
「世帯年収1500万円以上の、共働きの子育て世帯」
に絞っています。

いわゆるパワーカップルと言われるような働き盛りの人(それも子持ち/これから子供を持ちたい)が4000人増えるのと、年金だけで生活している70歳の独居老人が4000人増えるのでは、地域に与える影響が全く異なります。

ざっくりとした計算ですが、年収800万円の人で、住民税は40~50万円。そのうち市民税にあたるのが24~30万円。4000人増えたらそれだけで12億円の増収です。しかも一時の増収ではなく、継続的に増え続けているところもポイントです。

ここからは、実際に流山が行った具体的な取り組みをご紹介していきます。

「働く」と「子育て」の両立


「母になるなら、流山市—」

流山を語る上で外せないのが、ターゲットに対して直球で訴求するこのキャッチコピー。特に東京で働いている方であれば、一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。

画像引用:流山市プレスリリース

東京にも近く、働きながら子育てできるということが、流山市の特徴の一つです。「働く」と「子育て」を両立させるための工夫が政策にもあふれています。

① 子育て応援マンション認定制度

2015年以降に建てられる総住戸数200戸以上のマンションには、保育園の併設が求められました。条件を満たしたマンションは「子育て応援マンション」として認定され、市のホームページなどでも紹介されています。

住居者にとってのメリットは言わずもがな。同じ建物に保育園があれば、通園も保護者の通勤もかなり楽になります。

また、マンション事業者にとってもこのような行政公認の認定を受けることで物件の価格や売れ行きに良い効果が期待できます。

現状、この規模のマンションにはすべて保育園が併設されています。逆に保育園を設置していないとマンションの売れ行きが悪くなるくらいで、こうした取り組みを続けた結果、2021年春に、初めて待機児童ゼロになりました。

「まちの未来は、変えられる!住み続ける価値の高いまちづくりを目指して。」(おおたかまち図鑑) ※流山市長 井崎 義治さんインタビューより

②駅前送迎保育ステーション事業

さらにもう1つ面白い取り組みが、駅から保育園までの送迎を行うサービスです。

流山に限らず、待機児童の解消に向けて保育園/保育所を増設する自治体は多くありますが、人気はやはり駅近など便利な場所の保育園に集中します。

希望の場所に入れられなかった家庭では、家や会社から遠い園まで気合で通うか、希望の園が空くまで待つ、もしくは諦めるしかありません。

<駅前送迎保育ステーション事業の概要>

朝:駅に直結した拠点で、子どもを受け入れる
→各保育園までバスで送迎する

夕:各保育園から拠点までバスで戻り、保護者の迎えまで待機

画像引用:こうして流山市は人口増を実現している(著:淡路富男 同友館)

既存の保育施設を活用しながら、保護者にとっても不便がなく、仕事に支障が出ない形で子どもを預けることが可能になる制度です。

これがあるから流山市に移住した、という人もいるほどの人気サービスです。

緑が、資産価値を上げる

流山市は、市のコンセプトとして「都心から一番近い森のまち」を掲げており、街中でもいたるところで緑を感じます。

流山市公式ウェブサイトよりスクリーンショットにて引用

自然豊かな流山の雰囲気は、「ここでなら子育てをするイメージが湧く」と子育て世帯の移住の後押しにもなっています。

緑を打ち出すこの戦略の裏には、過去に世界中の都市を巡った経験を持つ井崎市長の考えがあります。

「不動産市場が低迷しても人気を維持し、需要が減らない住宅地とは、緑が多く、緑化ができる敷地を持つ、良質な住環境を有している住宅地」とし、量ではなく質にこだわった住環境づくりを進めています。

①森や緑に対するイメージアップ

もともと流山市は緑が豊かな場所ですが、「不法投棄」「ゴミ」「不審者」
などネガティブなイメージと森が結びついており、それがプラスとして活きていませんでした。

そこで緑地の整備をすると同時に、森を体験するイベントなどを開き、森に対するイメージアップを図りました。

②グリーンチェーン認定制度

森のまちをアピールして移住者が増えると、開発が進み、肝心の緑が減ってしまうという矛盾が起こります。

そこで、緑を増やす、回復する流れを作るために導入されたのがこのグリーンチェーン認定制度です。

・剪定枝の処分無料
・生垣を設置する際の補助金限度額がアップ
・認定物件を購入する際には、ローンの金利割引

など認定による特典を設けて、まちに緑を増やす取り組みをしています。

また、このグリーンチェーンに認定されているかどうかは住宅の資産価値にも影響しています。

東京大学による調査では、流山市の中古分譲マンションにおいて、グリーンチェーン認定がなされている場合、そうでない場合に比べて一戸あたり約494万円高くなるという結果が出ています。

移住したものの期待外れ…を避けるため、外だけでなく中にも目を向ける

流山市のように、積極的に外部向けにPRをし、さらにメディアでこれだけ注目をされていると、期待と現実のギャップが起こる可能性が高くなります。

つまり、移住したものの、実際に住んでみたら期待外れだった、という事態です。この期待と現実のギャップは不満足を生み、ネガティブな口コミとして広がることもあり得ます。

そこで流山市が目を向けたのが「シビックプライドの醸成」です。シビックプライドとは直訳すると、「都市に対する市民の誇り」。外部のPRだけではなく、地域のひとりひとりが市に誇りを持ち、主体的に関わることを目指した取り組みも盛んです。

市の施策に惹かれてただ移住してくる人が増えるよりも、「もっとまちを良くしよう」「皆で楽しもう」と積極的に関わる人が増えることで、口コミや波及効果も生まれ、より勢いをもって流山の魅力が広がっていきます。

ここでは、

・イベントでコラボした市民の人数
・市民インタビューの紹介数
・外部メディアを通して紹介された市民の人数

など、独自のKPIを設定し、市民との交流を増やしています。

ターゲットを絞ったことで、結果的に市民全体の満足度アップ!

共働きの子育て世代にターゲットを絞った流山市の考え方は行政にとっては異例のことでした。

実際、以前から住んでいた高齢者をはじめとして「若い人ばかりを大事にして不公平だ」という苦情もあったそうです。

しかし、一時的には特定の層だけを優遇するように見える政策も、結果として増収すれば、高齢者向けをはじめとする様々な行政サービスを維持、あるいは向上できると言い換えることもできます。

行政のタブーに切り込んだ流山市は、今、「みんなに、等しく」を続けている自治体では成し得なかった結果を生んでいます。

幸せの総量が増えているのは、どちらでしょうか。

※今回ご紹介したのは、流山市の取り組みの一部です。

株式会社SUMUS 代表取締役
小林 大輔

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<参考>

書籍:
こうして流山市は人口増を実現している(著:淡路富男 同友館)

WEBメディア:
「まちの未来は、変えられる!住み続ける価値の高いまちづくりを目指して。」(おおたかまち図鑑)
https://otaka.machizukan.com/partners/mayor-nagareyama/

「流山市子育て応援マンション認定制度について」(流山市 公式サイト)https://www.city.nagareyama.chiba.jp/life/1001107/1001296/1001299.html

「流山グリーンチェーン戦略」(流山市 公式サイト)
https://www.city.nagareyama.chiba.jp/information/1007116/1007365/1007482/1007483.html

「10年強で人口は約5万増。流山市の広報PR活動が「シビックプライドの醸成」になるまで」(PR TIMES MAGAZINE)
https://prtimes.jp/magazine/nagareyama-local-interview/#

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