「みんなにとって、そこそこいい」からの卒業。「自分だけのとっておき」が新たな豊かさに繋がる。
定番品。
みんなが喜ぶもの。
これさえ押さえておけば間違いない。
そんな最大公約数的な「正解」は、ますます通用しなくなっています。
そんな流れを敏感に察知し、軌道修正できた業界から変化をはじめており、そしてその流れは今、「まちづくり」にも訪れています。
「みんなにとって、そこそこいい」が通用しなくなった現代
過去、成長途中にあった日本社会では、常に昨日より今日、今日より明日、社会が豊かになることが目に見えていました。だからこそ大きな目標に向けてみんなで一致団結し、同じ方向を向いて突き進んでくることができました。
正解は一つ。みんなと一緒。
家電でも、ファッションでも、住宅でも一世を風靡するトレンドがあり、世代論が通用しました。
しかし、今周りを見渡してみるとどうでしょうか。価値観は多様化し、選択肢は無限にある。社会は成熟しきっており、明日が今日より豊かになる確証はどこにもありません。言われた通り、教えられた通りに行動したからと言ってうまくいく保証はどこにもないわけです。
そうなると、それぞれが、自分の納得できる解を探して、自己選択するようになります。
※「つなげる力」(著:藤原 和博 文藝春秋)を参考に社内で資料化
もちろん、これは仕掛ける側の企業も意識しています。大多数に向けたマスマーケティングから一人ひとりの嗜好性に合わせたOne to Oneマーケティングへ。
どちらが良い/悪いの話ではなく、そうした時代の変化は間違いなく起こっています。そしてこの変化を敏感に察知し、軌道修正できた業界から変化を遂げています。
一番早かったのは電話業界です。一家に一台の固定電話の時代から、一人ひとりの携帯電話に。機能もデザインも、インストールするアプリもその人次第になりました。
また、結婚式の引き出物も、グラスやタオルといったお決まりの物を参加者全員に贈るあり方から、カタログギフトに。正直たいして欲しくもない物をもらうより、自分が欲しいものを選べる形式がうけて、一気に浸透しました。
ランドセルも定番の赤と黒から、好きな色を選べる、まさに十人十色に変わった象徴的なコンテンツですね。
※スクリーンショット元:「セイバン」ウェブサイト。
なお、この画像はカラーバリエーションのほんの一部。
まちは、「東京化」から脱却のとき
そしてこの、「一人ひとりに合わせた」という流れは、私が専門とするまちづくりにも訪れています。
これまでのまちづくりは、行政による都市計画を実現するマスタープラン型。そしてそのほとんどが、いわゆる「東京化」を目指すものでした。
山を開き、コンクリートで舗装し、ビルやハコモノを建て、人気店を誘致する。結果として、日本中にどこにでもあるような街が乱立しています。
ハッキリ言って、「面白くない」。
とはいえ、今でこそ、こうした「東京化」と言われる都市開発はネガティブな文脈で語られることが増えてきていますが、もともとは大歓迎されていたはずです。
高速道路ができ、新幹線が開通し、車を10分走らせればショッピングモールがあり、生活用品なら何でもそろう。コンビニに行けば、食べ物も簡単に手に入る。日本のどこに住んでいても、便利な生活を送ることができます。
戦後復興の中では、どこにいても安心して暮らせる環境が築かれていくことを、人々は心から喜んだことでしょう。
安心・便利・快適を手に入れてしまった今だからこそ、今度は「自分らしさ」や「そのまちらしさ」を求めるような流れに移行しようとしています。
「私だけのまち」の究極系!? 海辺にひっそりと佇むオールドバス・バー
行政主導のマスタープラン型とは、真逆の矢印でのまちづくりでは、まさにいま起こっている「やりたいこと」「困っていること」などのニーズを拾い、それを実現するような小さな取り組みから初めていきます。
例えば海辺で、「この海を見ながら、ビールが飲めたら最高だな」という小さなニーズを拾い、海が見えるバーを開く、というようなイメージです。
範囲も都道府県のような大きなくくりではなく、半径200メートルほどのエリアに収まります。
「そこだけの体験ができる、私だけのとっておきの場所」。その究極系ともいえるバーを最近見つけました。
※スクリーンショット:「Carstay」車中泊スポット The Old Bus より
この写真は、富士山が臨める海辺にある、古いバスを改造したバーです。Carstayというキャンピングカーや車中泊スポットのマッチングサイトで見つけました。
このバスがあるところには、電気も水道もガスも通っていないそうですが、タンクの水を使用したり、キャンピングカーの電気を活用したりすることで、宿泊することもできます。
これも立派な「まち」だと私は思います。
便利さや快適さはないかもしれませんが、「私だけ」の特別な空間がそこにはあります。絶景を独り占め。なんという贅沢。
旅行も、皆が憧れるような有名旅館や高級ホテルに泊まるという一辺倒なあり方から、「その場所でしかできないこと」や「私にぴったりのもの」を探すあり方に変わってきています。
Airbnbなどの民泊がこれだけ急速に広く受け入れられた背景にも、旅行者のその地域だからこその体験、自分に合う宿を求めるというニーズの変化があります。
みんなにウケる必要はない。たった一人に強烈に刺さるコンセプトを作る。
千葉県の松戸市に「PARADISE AIR」というビルがあります。
元はラブホテルだった建物ですが、「一宿一芸/One Stay One Art」というコンセプトで、若いアーティストを誘致しています。
※画像引用:「PARADISE AIR」公式サイトより
ラブホテルだっただけあって防音性が高く、深夜でも大音量でギターの練習ができたり、制作でガンガン音を出したりすることもできるので、アーティストやクリエイターとの相性が非常に良いのです。
真夜中にギターをかき鳴らす住人は、色々な人が住むアパートではただの迷惑な人です。でもここでは、当たり前に受け入れられるのです。
静かなのが好きな人は、このビルには住まなければいい。それだけです。
まちづくりでも、万人にウケる必要はもうありません。たった一人に強烈に刺さる場所を作ることが、これからの「まち」の課題です。
音楽家が音を奏でるまち。シングルマザーが住みやすいまち。テニスプレイヤーのためのまち。強い雀士が集まるまち。
どのまちも楽しそうではないですか?
「自分だけのとっておき」の場所。そんな「まち」がこれからたくさん増えていくことで、すでに成熟してしまった日本に、新たな豊かさと自由な歓びをもたらしてくれると私は思います。
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