20231126日記「地獄の喫茶」


文芸同人誌しんきろうの集まりが18:30に円町である。俺は妻の友人が来るからと11時に家を追いだされ、12時過ぎに詩人澤村貴弘と円町で合流した。集合まで6時間以上。円町での長い一日の始まりだった。
何が食べたいかと聞かれ、ラーメンかカレーだと言うと、澤村は明らかに台湾まぜそばを欲していた。醤油ラーメンの店の行列を眺めたり、カレー屋の前を通ってニオイにつられそうになっていても、澤村は「台湾まぜそばの店の前まで行ってみよう」と言う。澤村の台湾まぜそばが食べたい気持ちは楽しさを呼ぶので尊重し、台湾まぜそばの元祖を自称し尾上松也ら有名人が開店を祝うプレートを掲げた大層な店でシンプルな元祖台湾まぜそばを食べた。元祖が暴走することはあまりなく、定型を極めたようなおいしさ。ただ台湾まぜそばなので味は乱暴である。ランボーなら定型を取り払えと俺は思う。メニューを見る。カレーまぜそばか。たまスタまぜそばか。帷子耀『スタジアムのために』か。
追い飯は断る。不思議なものでこのレンゲひとつ分の米を食うだけで腹が苦しくて動けなくなるのだ。米と残り汁の腹に溜まるアマルガム…

13時頃、町屋古本はんのきへ。俺の結婚式の二次会に来てくれた「しんきろう」メンバーの森はドイツにいるからなかなかお礼ができず、ここでやばい本を買って渡すつもりにしていた。棚を物色していると『エロティック聖歌』を見つける。YMOの作詞家でもあったクリス・モルデルの卑猥な詩を谷川俊太郎が訳し、春画とコラボレーションしたエロティックな作品。これは喜ぶぞと購入。澤村がなにか騒がしくしている。俺に似た髪型と服装の若い女性に「俺、西脇順三郎の詩集プレゼントするわ!」と間違えて声をかけてしまったらしい。怪しすぎるし、そんなあほなと思うも、確かに俺に似てなくもない。自分用に『時代を読む 鮎川信夫/コラム批評100篇』を購入。

14時頃、煙草が吸える喫茶店を見つけたと澤村のGoogleMAPに導かれてしばらく歩く。中へ入ると、汚すぎて絶句する。ソファにゴキブリが。澤村はカメムシだと言うが多分これはゴキブリだ。澤村には伝えずにおくが。そして臭い。腐った家の臭いがする。人が住んでいない家にしかないような臭いがここにはあり、そこにいる老婦人はモニターでどこかの村で暮らす子どもの映像を観ている。野菜の泥を落とす。犬を撫でる。料理をしている。そして木のベッドで眠る。なんだこれは。ホットコーヒーを注文する。あらかじめポットに入っていたコーヒーを鍋に移し、カセットコンロで加熱する。沸騰しているのではないか。カップに注がれたコーヒーは熱くて飲めない。澤村はアイスコーヒーを頼んでいたが、提供される前にコップの水を飲んでいた。澤村、俺はその水飲めないぜ。恐る恐るコーヒーを飲むと、程よい深みがあって、この深みのことを考えるのはやめた。するとモニターでは子どもが二十羽ほどのカモに餌をやっている。澤村がたまらず「これはなんですか?」と聞くと「タイの子どもがひとり暮らししているYouTubeや。カメラマンがおるし全部やらせや」と言った。澤村はさらに聞く。「なんで観ているのですか?」当たり前のことを言うみたいに老婦人は「映画観てたら仕事にならんやろ。そやからなんでもないようなタイの子どもの暮らしを見とるんや」と笑う。(のちに澤村は「こんなん見るなら空中を見てたほうがマシや」と言った。)
何もかも諦めて澤村と話していると、モニターから子どもの泣き声が聞こえた。俺は老婦人に聞く。「なにかあったんですか?」「小鳥が死んだんや」よく見ると子どもは手で小鳥の死骸をこねくりまわしている。声をあげて泣きながら。慟哭。子どもの?小鳥の?俺の?澤村の?わけがわからない。突然、澤村が叫び声をあげた。澤村の膝にゴキブリがいた。地獄だ。限界だ。澤村は言う。「カメムシじゃなくてゴキブリやったわ」もう終わりだ。16時。店を出る。

外の空気を吸って心を整える。なぜあのような地獄に2時間もいたのか今となってはわからない。集合場所に近いドトールに入ろうとするも満席だった。あてもなく歩いていると喫煙可の綺麗な喫茶店を見つける。はじめからここに入っておけばよかったのだ。落ちつける場所で今日買った本を読みながら色々と話す。ふと俺は思った。『パスタで巻いた靴』を英訳したらどうなるのだろう。google翻訳だと『Shoes Wrapped in Pasta』だった。それに納得しない澤村貴弘は『Shoes Rolled Up in Pasta』だと言う。でも俺は『Tornado Pasta Shoes』が良い。ブォォォ!っていう感じで。叫んでみる。トルネード・パスタ・シューズ!18時20分。

ようやく「しんきろう」の集まりが。俺は疲れていた。それでも『詩集回転木馬』の佐藤瑞穂と彼の地元片貝で一週間過ごした去年の3月ぶりに会い、森に『エロティック聖歌』を渡し、ボスやゴタンダさんの顔を見るうちに元気になっていく。楽しい会であっという間に22時半。電車が来るのは22時53分。円町に11時間ほどいたことになる。なぜ11時間もいたのだろう。俺と澤村は「長かったな」と言い合って別れた。

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