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羆嵐 吉村昭 読書感想

三毛別羆事件を取り扱った小説というよりドキュメンタリーに近い。フィクションなんだと割り切るには生々しい。
羆が出没する地方の山登りをする人は事前に読んでもよいかもしれない。
根拠のない大丈夫は羆には通用しない。
容赦なく襲い掛かって来る、その描写には恐怖しかない。

ネットどころか電話もすぐかけられない時代背景なのか、陸の孤島のようなこの集落に羆退治に来た人も全滅してしまいそうな心細ささえある。

まず羆が女性を執拗に狙うのも最初に食べたから、味を覚えたというのに身震いする。
そして弔いする為に置いていた死体すらも食い荒らす、羆だからなんの罪悪感もためらいもなくする行為。人の無力さに挫折してしまう。

羆を撃つために山の中に入って探すのだが、そこらから出て来そうで読んでいて怖かった。相手は恐れぬもの。死を覚悟しなければ歩くことすらできない。

ここで呼ばれるのが銀オヤジという羆打ちで、凄腕のハンターなのだけれど普段の行動が問題すぎて最初は呼ぶのはちょっと、という空気になる。
しかし徐々に羆の範囲が広がりこのままもっと大きな集落にいったら被害が拡大するのは目に見えて、結局呼ぶことに。

酒を飲み暴れて村人を困らせた銀オヤジだが仕留める腕はさすが。

「お前らは仕来りを知らないのか。人を食ったクマの肉は出来るだけ多くの者で食ってやらねばならぬのだ。どこの村でも、村の者を食い殺したクマを仕とめると、必ず村人総出で肉を食う。それが、仏への供養だ」

羆嵐


せっかく良い空気になりかけたのに、何故か上から目線で胆は持っていってもいいとか言うから銀オヤジが怒ってしまう。
仕留めたものが持っていくものと決まっている!と仕来りを知らないのか!って。
ぺこぺこおべっかをつかい、それで済まそうとする。
命を張った人への敬意がないのを見抜き、そのまま帰ろうとしていた銀オヤジを怒らすとか安全圏にいる者としてあるなあと思う。

最後の最後までクマを撃つことに執念を燃やした銀オヤジ。
彼をただの正義の味方として書かなかったのもよかった。

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