【ぼちぼち往復書簡】電話で話すのが怖かった理由を探求してみたよ From すみこ
ようこちゃん、懐かしいねーNY旅行。行った行ったSATCロケ地巡り。
最近のわたしにとってのNYはSUITSのイメージに変わりました。マンハッタンが舞台の弁護士ドラマ、ハマってシーズン7まで一気に観てしまいましたわ。
電話で話す良さは本当にあるね。わたしも時々ようこちゃんと生の声で話すのがとても好きよ。
今はいろんな場面でいろんな人と話せるけれども、実は、前は電話が嫌いだったんだよね。できれば何でもメールで済ませたかった。
克服できたのはアルゼンチン人novio(彼氏)の強引な電話攻撃だったと思う。それこそスペイン語だともっと怖いんだよね。ジェスチャーで乗り切れない、少ない語彙だけで分かり合えなきゃならないプレッシャーは大きいでしょ?
ところが、彼はそういう繊細な恐怖を取り合ってはくれないんだよね。嫌だと言ってもかかってくる電話に対応しているうちに、段々と慣れてきてしまった。
これは最悪のオファーの後に、軽いオファーがあると受けちゃう的な錯覚マジックと同様だと思うのだけど、外国語で電話できるんだから、母国語ならばハードルなんて無いも同然で、いつの間にか電話がストレスじゃなくなっていたよ。
でね、ところでなんで電話が苦手だったの?という疑問を改めて抱いたの。
せっかくだから、この機会に探求のための時空ジャーニーしてみることにした。スピリチュアル的な問題解決のアプローチに、原因となっている過去の事象を見つけて癒す事で、現在の辛さを解消するという方法があるのね。それを試しました。
そうしたら原因は中学校時代だった。わたし、中学の時イジメにあっていてね。その発端は、わたしの配慮を欠いた一言だったんだよね。その経験が原因で自分の中に、『辛い気持ち』と『自分の言動』というのが結びついた状態で書き込まれていたみたい。『話す事で辛い目に会うかもしれない』という恐怖だけがずっと生きている状態ね。書き込まれた方程式は詳細の情報じゃなくて、ざっくり『感情』と『行動』であるのが厄介で、だから大人になってからも、全然関係ない場面でもその恐怖が発動してしまい、結果、声だけが頼りの即時性ある電話での会話はとても怖い、となった模様。
これはいわば記憶の勘違いみたいなもので、恐怖を保持し続ける必要はすでにないのだよね。経験に学んだ大人の自分は、場の雰囲気を読めて、慎重に言葉を選べる程度に成長したので、もう同じような事は起きない。起きたとしてもリカバリーが可能だ。というロジックが自分の中に新規ダウンロードできたので、もう本当に大丈夫。
ようこちゃんのお手紙をきっかけに、また、いい気づきと癒しを自分に施す結果となりましたよん。この往復書簡、とっても気に入ってます。いつもありがとう。
読んでくださり、ありがとうございます。 サポートのお気持ちとても嬉しいです。ありがたく受け取らせていただきます。感謝💕