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着られなかった振袖

休日にショッピングモールへ買い物に行った

そこは、アパレルや雑貨屋や色々なテナントが入っていて
ただ、歩くだけでもカラフルで楽しい場所である
一緒に連れてきた子供たちも楽しそうに
「あれが欲しい、これが食べたい」と話していた

そんな中で私が唯一、前を通るのが憂鬱な一角があった

「○○呉服店」

勿論、店に罪はまったくない
これは私自身の、過去の個人的な体験にまつわるお話である



地元から近い短大に通っていた私は
友人たちの話題に、たびたび成人式が出てくるのが憂鬱だった

「ねぇ、ゆいちゃんは振袖決めた?
私はお母さんと一緒に呉服屋に買いにいったんだ!」

「へぇーそうなんだ、私はおばあちゃんに
買ってもらったよ!今度写真を見せるよ」

「えみちゃんはお母さんとレンタルを見に行ったんだって!
彼女、美人だからなんでも似合いそうでいいよねー」

「で、すみれちゃんは決めたの?」

私は曖昧な笑顔を作りながら友人たちに
「今ちょっと忙しいから今度ね!」と
取り繕いながら、ひっそりとその場を離れた

どいつもこいつも「振袖だ、成人式だ」とそればかりだ
私が成人式に行けるわけないじゃん

中学3年の時のクラスは、ここに書きたくないくらい
最悪だったし、もう二度と会いたくない人間ばかりである

でも、もしあのクラスが仮に最高だったとしても

私は『成人式に行くことはできない』のである



成人式が近づくにつれ、様々な着物屋から
振袖のパンフレットが私のもとに届いた

私はそれをぺらぺらとめくりながら
このデザインがいいとか、色がいいとか眺めていた

「お母さん、この振袖可愛いと思わない?」

台所で野菜を切っていた母はこう言った

「あんた、そんなものを見てるの?
振袖なんて今時、着る場所なんてないよ?
スーツなら就職活動に使えるから、新調してもいいけどね」

そっけない返事が返ってきた
さらにとどめのセリフがこうだった

「あんなもの、見栄を張るために着る人がほとんどよ
うちは、見栄なんて張るつもりはないからね」

私は何かを言う気力もなくしていた

この時点で、「成人式に行く」という選択肢は
私の中で完全に消滅したのだった



そんなこんなで、成人式の日が近づいてきた
我が家では成人式の話は、一切話題にも上らなかった

成人式当日は、学校に提出するレポートを
期限までに書き上げるという体で
一日中、自宅でレポートとにらめっこしていた

同窓会もやったのか、やらなかったのか
私のところには何の連絡も来ることはなかった



成人式に行かなかったことについては
自分で決めたことだし
会いたくもない連中がいたから
今でもなんの後悔もない

でも、あの当時の母の態度については
今でも色々と思うところがある

そして、母に迎合して
何も言わなかった父に対しても同様である

世の中には、娘の成人式を楽しみにして
早くから、色々と準備してくれる
母親が存在するらしい

私の住んでいた世界とは、別世界の話だけれど
そういうのっていいなと、憧れる

でも、憧れと同時になんだか
一抹の寂しさを感じてしまうのである



あの当時、私は振袖が着てみたかった

できれば、私の好きな青い色の振袖がよかった

綺麗な青い振袖を着て
高校時代の友人たちと、一緒に歩いてみたかった

今となってはただの憧れで終わったけれど

それとも、バイトでもして無理やり着るべきだったのかな?

でもそんなの母にばれたら、きっと後から
ねちねちと嫌味を言われるんだろうな

せっかく、振袖を着てみても
後でそんなつまらない思いをするのも
なにか違う気がするなぁ

結局、何もしない以外の
選択肢はなかったんだろうな、きっと



呉服屋のある通りを歩きながら
様々な思いが胸を駆け巡る

店のショーウィンドウに飾ってある
あの綺麗な振袖は、誰が着ることになるんだろう

「お母さん、アイス買ってよ!
ストロベリーが食べたいよ!」

下の子が私の腕をつかんで揺さぶった

「分かったよ、今から買いに行こう」

子供たちとアイスを買いに歩いてゆく

私は『娘に振袖を着せてあげる母親』になろうと思う

まぁ、娘が着たくないと言ったら
それはそれで尊重しなくちゃいけないんだけどね

それはまた別のお話…

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