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じっくり、ことこと、

 去年の夏頃から、息をするのが難しくなって、なぜか夢中で息を止めようとしていました。眠ることも、食べることも。今まで当たり前にできていたことができなくなって、私はうつ病と診断されました。

 病院に行って、お医者さんとお話をして、薬をもらって。それが日常に取り入れられたとき、初めは戸惑って余計に自分を傷つけてしまったけれど。今では慣れたもので、かわいいお薬手帳を相棒にドライブ感覚で通院できるようになりました。飲まなきゃいけなかった薬も、飲まなくても大丈夫に変わってきました。たまにご飯を食べることをサボってしまうこともあるけれど。病気のわたしも少しずつ愛せるようになってきました。


 それは、大好きな彼が、ただひたすらに私を抱き締め続けてくれたからでした。私は先日、そんな彼と入籍しました。前置きがずいぶん長くなってしまいましたが、おそろいの苗字になるまでの話をしてみようと思います。

 第一印象は良くはなく。誰にでもはっきりとした物言いの彼に、私は少しばかり苦手意識を持っていました。でも、自分にはないものばかり持つ彼に次第に惹かれていきました。そこから何だかんだあり、お付き合いを始めてもうすぐ1年というときに、私はうつ病と診断されました。原因は頑張りすぎでした。


 うつだと診断されたとき、彼は私に言いました。
 「俺は、うつとポップに向き合うんだ」
 パニックになって暴れてしまったとき、彼は大声で暴れん坊将軍のテーマを歌って何故か一緒に暴れてくれました。ネガティブな思考に支配されたときも。フリーズして何も発せなくなったときも。ずっと隣で「大丈夫」と言い続けてくれました。「俺がいるから」も忘れずに。落ち込んでしまう日々、そんな私の手を引いて、少しでも明るい方へと導いてくれました。

 ある日。私の気分はどん底で一日中ずっと涙が止まりませんでした。考えるのは「こんな私といないほうがいい」、「別れたほうがいいんじゃないか」。そんな私を抱き締め、彼は言いました。
 「結婚してください。すみれだから、俺はずっと一緒にいたいんだよ」
 「でも…」
 といつものように断ろうとした私に、彼は言いました。
 「うつとかそんなの関係なくて。すみれはどうしたいの?俺と一緒にいたい?」
 彼はいつだって。病気とか性質とか。そんなの関係なしに私自身をちゃんと見てくれていました。それに改めて気付かされた私は小さく「いたい」と答えました。涙が溢れて仕方なかったけれど、これはさっきとは違う涙。だからこそ、愛おしくてたまりませんでした。彼は私を抱き締めながら、小さい子を諭すように囁きます。
 「すみれちゃん、俺のこと好き?」
 私はもちろんですと頷きました。
 「俺ね、“好き”って気持ちは“食材”だと思うんだ。それをね、じっくりことこと煮込んでできた“スープ”が“愛”。喧嘩とかするときもあるけど、そこで芽生えた“気持ち”もスープをおいしくする“スパイス”だよ。時にね、冷めちゃうときもあるけど、冷めてもスープはおいしいし。また、ゆっくりことことあっためたらいいんだ。ふたりで作ったら、きっとおいしいよ」
 私の心は素直に、ずるいなぁと言いました。そして、ずっとこの人と一緒に。色んな想いを頬張っていたい。そう、切に思いました。そして、死にたがりの私が久しぶりに、「生きていたい」と思えた瞬間でした。

 なにも飲まずに眠れるようになるまで、1年もかかってしまいました。それでも、まだ完治じゃなくて、まだまだうつ病と向き合っていくみたいです。でも、いつかきっと。同じ想いの人と出会ったときに、わかることも、できることもあるんじゃないかと信じて。焦らずのんびり頑張ります。
 そして、大好きな彼を幸せにできるように。精一杯、生きていこうと思います。


 ふたりで、じっくり、ことこと。
 むっとすることも、ぎゅーってしたくなるときも、全部を日々のスパイスに。どんな想いも余すことなく。
 ふたりでずっと作っていくのです。
 私たちだけの特別なスープを。

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