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すみだ向島EXPO2020開催背景|大きな流れの中で、いまやるべきこと

はじめまして。すみだ向島EXPO2020 隣人サポーターの山越栞です。

「今回のEXPO開催の背景には、20年もの大きな流れがあります。それを知ってもらってこそ、プロジェクトの意味を感じてもらえると思うんです」

代表の後藤さんからそんな声がけがあり、いまこうしてnoteを書いています。

そこでこれから、すみだ向島EXPO2020に至るまでのつながりと、人々の想いを綴っていきます。少し長くなってしまいますが、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

その前に、ほんの少しだけ私自身についてお話しさせてください。

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私がこのまちに引越してきたのは、昨年8月のこと。それからの日々は、カルチャーショックの連続でした。

地方の田舎で生まれ育った私にとっての東京は、匿名性が高く「個として強くなるための場所」。

でも、ここには道を歩けば声をかけてくれるご近所さんがいて、ちょっとしたことでも、誰かが助けの手をさしのべてくれる。

いわゆる「下町人情」というんでしょうか。どこか安心できる、ゆるやかなつながりが根付いているのです。

暮らしていくうちに、もっともっとこのまちに馴染みたいと思うようになっていきました。

そんな中で知ったのが、すみだ向島EXPO2020です。

ここからは後藤大輝さん(すみだ向島EXPO実行委員会代表)へのインタビューを通して、脈々と続いてきた、すみだ向島のまちと長屋とアートのつながりを、少しずつ紐解いていきます。

すみだ向島EXPO2020の詳細についてはこちらを御覧ください

20年にも及ぶ、このまちとアートの大きな流れ

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そもそもどうして、すみだ向島にはまちの動きとあわせてアーティストの関わる色々な活動が多いのでしょう?

後藤:発端と聞いているのが、1998年の「向島国際デザインワークショップ」です。僕がこのまちに来たのは、スカイツリーが建つ3年前なので、それよりもずっと前に、建築やまちづくり、アート、デザインなどの文脈がこのまちに入ってきていたことになります。

この1998年の向島国際デザインワークショップは、今のすみだ向島を語るうえで「伝説」のように語られる起点でもあります。

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photo: 山本俊哉さん提供

今から約20年も前にそんな動きがあったんですね。そのときはどんな風だったんでしょうか?

後藤:向島国際デザインワークショップには、「都市の変遷」といういうタイトルがついていました。発起人となったのは、当時東京大学の留学生で建築を研究していたドイツ人のティトゥス・スプリーさん。

あるとき向島を訪れて「なんて面白いんだ!」と長屋や人々の暮らしに惹かれ、このまちにもっと飛び込んでいくことを試みたそうです。

もうひとりの発起人で、当時は建築・まちづくりのコンサルタント会社にいた山本俊哉さん(現・明治大学教授)がそれに賛同し、「建築的視線と都市計画的視線で何かやろう」と、この向島国際デザインワークショップが開催されました。

当時は、海外から何十人もの学生や研究者が参加し、この街に実際に住んでいる人たちとコミュニケーションを重ね、まちを10日間ほどリサーチして、最後に成果を発表するような内容だったそうです。

アーティストと町との活動がはじまったのも、その時だったんですか?

後藤:そうですね。これが発端となって、2000年の「向島博覧会」が開催されることになり、ティトゥス・スプリーさんと山本俊哉さんらが空き地や空き家を会場としたアートプロジェクトを仕掛け、アーティストを呼び込みました。それがきっかけとなって空き家をリノベーションしたり、アーティストが移住し始め、その友人のアーティストがまた住みだしたりして。

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photo: 山本俊哉さん提供

後藤:博覧会って大きなイベントのイメージがあるけれど、このときはアーティストの視点でまちのなかをパビリオンに見立て「小さな博覧会」として開催されました。

まだ「住み開き」という言葉がなかった時代から場所をひらいたり、みんなで空き地や空き家を活かすようなコミュニティスペースの実験などを行ったと聞いています。

本格的にアーティストたちが博覧会の運営に入ってきたのは、翌年の2001年でした。このときには「ARTLOGY(アートロジィ)」という副題が入っていて。

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後藤:これには「この博覧会は大々的なものではなく、芸術祭のパロディーとしての表現だ」というアーティストたちの主張があったと聞いています。

すみだ向島EXPO2020の芸術監督を務める北川貴好さんもこの2001年から参加していて、前にそんなことを話してくれました。

急務の中で生まれた「緩やかな解決策」としてのアート

1998年からの流れを知ると、「アート」の要素よりもともとは建築やまちづくりがベースにある取り組みだったんですね。

後藤:人に伝えやすいから、僕らはどうしても「アート」って言っちゃうけれど、この活動が始まった1998年の当時は、みんなアートとは思っていなかったかもしれません。

だから、僕らが振り返って「あのときアートがすみだ向島に入ってきた」みたいに言うのは微妙にズレているし、言い方を気をつけたいなとは、正直思っているんです。

「アート」だと表現したり鑑賞する要素が強いけれど、「建築」や「まちづくり」だと、課題感ありきの取り組みといった要素が強くなりますよね。

後藤:そうです。「デザインは課題解決、アートは問題提起」というのであれば、すみだ向島に根付いてきたこの流れは、ある種の問題提起でありつつ、課題解決の要素の方が実は大きいんです。だから1998年は「向島国際”デザイン”ワークショップ」というイベント名だったのかなと。

なるほど。じゃあその課題って、やっぱり長屋などの建物の老朽化だったんでしょうか?

後藤:実は、阪神淡路大震災の発生によって日本が防災や地震にもう一度危機意識を持った時期に「東京で一番危険なのは向島地域だ」と指摘があったんです。

これだけ住居が密集していて、しかも古い長屋が数多く残っている。もしも関東大震災が再び起こったなら、このエリアはほぼ全滅だろうと。

それで、日本国内でも「まちづくり」という意識が、早くこの地域に導入された背景があります。

課題としてまちづくりを意識しなければいけない状況だったんですね。

後藤:そうですね。災害への危機意識と、建築やまちづくりの研究者たちが抱いていた課題が、ともに急務としてこのまちで積もっていったんです。

一方で、行政などによる都市計画としてのグランドデザインや防災対策のテコ入れがはじまり、例えば白鬚団地といった要塞マンションができただけじゃなく、まちを横断するコンクリートの壁みたいなマンションを建設するプランまで描かれました。

だけど、もっとリアルに、このまちには昔から住んでいる人たちがいて、開発なんてそんなに進まない。だから試行錯誤のうえでの処方として、向島国際デザインワークショップという、「ただの建築計画ではないプロジェクト」が実施されたのだと思います。

要するに、課題解決が必要だけど、その課題が難しすぎて突っ込みきれず、手詰まり感があったのでしょう。まずは色んな角度から課題を問いかける方法として、まちにアートを含む様々な処方が導入されていきました。

30軒の長屋群取り壊しに直面して

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1998年以降、すみだ向島には、他にもアートの動きが続いていたんですか?

後藤:アートを軸にした動きはずっとありました。例えば、アサヒビールが文化芸術を支援する「アサヒ・アート・フェスティバル」や「墨東まち見世」のプロジェクトなどです。

その頃の僕はまだここに住みだして間もないので、まず声をかけてもらって、なんとなく参加している感じでした。

なるほど。じゃあずっと、すみだ向島にはデザインやアート、まちづくりに関連する動きが存在していたんですね。

後藤:はい。毎年同じプロジェクト名で続いているというよりは、変遷しつつも文脈を辿るとそれは同じ流れの上で続いているんです。

ではそんな中で、昨年は1998年と同じ「向島国際デザインワークショップ」として、再び大々的なイベントが開催されたのはどうしてですか?

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後藤:僕がこのまちに住みだしてから、特に大きな危機意識を抱いた出来事があったんです。

「すみだの戦前の長屋といえばあそこ」みたいな、30軒も連なる象徴的な長屋がある一角があったのですが、それが取り壊しになることが決まって。

老朽化というやむを得ない理由ではあったけれど、なにかこう「建物と一緒に大事な価値を失なう」と思わせるような出来事でした。

大家さんも決して古いものを遺したくないわけじゃないにせよ、老朽化する長屋の資産運用は難しいもの。だから、取り壊しの準備に入る3ヶ月間を僕らに、これからを考える場として無償で貸してくれたんです。

その場所で様々なイベントを企画させてもらい、シンポジウムを行い、長屋を活かすような提案もさせてもらいましたが改善策を出せないまま取り壊しが実施されて、今は高齢者施設と保育園として新しい建物になっています。

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後藤:30軒の長屋消失は目立つからわかりやすいけれど、他にもいたるところで古家解体と土地の転売からハウスメーカーの建売住居の乱立、道路拡張や駅前開発が進んだりと、このまちの変化は急速に進んでいます。

このままだと、僕らが魅力的だと思っていたものが建物と一緒に暮らしまで、どこにでもあるような街になりかねない。そんな危惧があって、なんとかこの意思を表明し続けないといけないなと思ったんです。

そのために「来年はなにをやる?」といった話が続いていくなかで生まれたのが、向島国際デザインワークショップ2019であり、すみだ向島EXPO2020でした。

約20年の大きな流れの中で今回のEXPOがあるということが、少しずつ分かってきたような気がします。

後藤:すみだ向島EXPO2020のきっかけは、建築家・長谷川逸子さんとの出会いも大きかったです。

長谷川さんは、すみだ生涯学習センター「ユートリヤ」を設計した世界的な建築家です。

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photo: Daisaku OOZU

後藤:そんな長谷川さんと映像制作で仕事をする機会があり、すみだ向島での自分たちの活動について話したところ「実は、私はずっと東京の民家を改めて表現する展覧会をやりたいと思っていたんだ」と言ってくださって。

「日本の民家をまとめた本には、地方の茅葺屋根や武家屋敷は出てくるけれど、東京はほとんど載っていない。東京には古くからの特徴的な民家が無いかのように扱われている。でも、東京には長屋があるのに」と。

その会話のあと、EXPO芸術監督の北川貴好さんと行っていたアップデートアーキテクツの公共建築をテーマにしたシンポジウムに長谷川さんを呼んで一緒に語る機会を持ちました。

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photo: Daisaku OOZU

そこで、「長谷川さんがそんな風に応援してくださるなら、すみだ向島の長屋で一緒に何かやりましょう!」となって、EXPO開催を目指すことになったんです。

このまちでやるからこそのテーマ「隣人と幸せな日」

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ところで、今はいろいろな地域でアートイベントが行われていますが、正直なところ、ずっと前からすみだ向島でこんな動きがあったなんて知りませんでした…。

後藤:クリエイティブやアートのまちなかイベントで言ったら、よく知られている越後妻有の「大地の芸術祭」が2000年スタートなので、すみだ向島の活動は全国的にも先駆けた取り組みだったと思います。

でもこのまちのそれって「外の人に宣伝するもの」ではなくて、近隣と考える取り組みだから、あまり公には知られていないんですよね。僕にも口伝のように伝わって来たんです。

そうなると改めて、今回のEXPOのテーマである「隣人たちと幸せな日」は、外ではなくこのまちの近くにいる人たちとのつながりを大事にしているように思います。

後藤:多くの人に広く浅く知ってほしいとは思っていません。僕らは、まだまだすみだ向島の人たちにも、僕らの思うすみだ向島の魅力を伝えれていないんです。

だからこそ、このまちの人とともに「隣人と幸せな日」を考えていくという視点は、EXPOでの全企画に共通しています。

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今回関わっているアーティストたちは、全員がここに住んだことがあるか、今も住んでいるか、もしくはここで作品を発表したことがある、言うなれば「すみだ向島の関係者」です。

このまちの日常は、いま知ってもらう意味があるはず

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― 最後にやはり触れなければいけないと思うのですが、コロナウイルスによって多くのイベントが中止になる中で、動きを止めないことへの葛藤もあったのではないでしょうか?

後藤:少し前には想像もできなかったこの状況下でこそ「隣人と幸せな日」というテーマがさらに深まった気がしていて。

このまちではコロナ禍でも人と人は道端で挨拶をするし、「最近どうしてる?元気?」と安否や近況の確認が行われる日常が当たり前に続いています。

人が人を警戒せざるをえない今の風潮において、これってやっぱり素晴らしいことだと思うんです。

もちろんご高齢の方も多いエリアなので、町内会などの集まりは今はなく、家にいる人も多いし、飲食店の方たちも「これからどうなっちゃんだろう」という不安を抱いています。

それでも、町工場はものを作り続け、商店は時間短縮しつつも店を開き、新しく開店に向けて改装する場所があり、まちを歩けば、多くの日々の未来が入ってくる。外から見れば「え、そんな日常がまだ送れているんですか?」と、いい意味でびっくりされる部分も多いはずです。

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そういう、すみだ向島で続いてきたこと、僕らが実際に日々やっていることを、芸術祭という形で思いを表明していく。それがすみだ向島EXPO2020です。

もともと一過性のアートイベントをやりたいわけじゃないから、2020年の僕らが「隣人と幸せな日」を表現できるという証明が、きっとすごく大事。

このまちの何をのこして、何を新しくつくったらいいのか、創造的な人たちの表現の場になっている建物や路地、まちの風景の中から何を僕らは引き継ぎ、生かしていけばいいのかを、EXPOを通じてみなさんと考えていきたいです。

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