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【短歌】文語の定型短歌を詠む

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自作の文語定型短歌をまとめるためにマガジンを作りました。今までに創作したものから定期的に note に横書きしてマガジンに追加します。初出は『橄欖《かんらん》』誌ですが、一部を修…
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2022年5月の記事一覧

【短歌】月光|文語の定型短歌を詠む 29

天窓の長方形のそのままに白き月影食卓に落つ 就寝前たしかに消灯せし筈と訝るほどに月光の射す 唐松も赤松も栗も黒一色 グリム童話の夜の森なり 怖きほど美しき月に狼の遠吠え響く心の耳に 仏蘭西語ラ・リュヌは女性 独逸語のモントは男性 ムーンはどちら **************** 日本語の「月影」の「影」が英語の shadow ではなく、月の光のことだと知ったのはいつだったろう。その時の衝撃だけは覚えている。

【短歌】邯鄲|文語の定型短歌を詠む 28

山荘の朝ブラインドを引き上ぐれば窓の硝子に邯鄲一頭 窓硝子の外側の面に貼り付きて邯鄲は森の緑に浮かぶ 深夜まで読書してゐし昨晩の窓の灯に邯鄲の来ぬ 邯鄲の身に透き通る早朝の光に夏の終はりを帯ぶ色 表戸の格子に小さき枯葉かと見れば擬態の得意な蛾なり 枯葉色の蛾と赤蜻蛉と虫の音に短き山の秋始まれり 2013年8月末 詠 『橄欖』2013年11月号 初出 

【短歌】詩人|文語の定型短歌を詠む 27

この世界の五十年後が見えてこそ真の詩人と恩師は説きぬ 五十年のちの世界を見ることの十五歳の我に適はざらむや 師に借りし新潮社現代詩選集と万葉集とを交互に読みし日 五十年のちの世界を見る目とは自らの死後の此処を見る目か 彼の日より一日ごとに時は過ぎ彼の「五十年後」の近づかむとす(*) 百年を超えて見えし夭逝の詩人らの詩は朗唱が良し 2013年7月 詠  『橄欖』2013年10月号 初出 (*)2022年5月29日 詠

【短歌】ヤマザクラ|文語の定型短歌を詠む 26

濡れ縁に花びら六枚散りてをり 三年待ちて山桜咲く 開けかけの雨戸を置きて飛び出ぬ 桜の見える場所まで馳せぬ 山荘を建てし年より隠れ居し桜の精に遂にまみえぬ 唐松の木々より細き幹なれど負けず聳ゆる山桜の木 山桜を伐らずにおきて建物を離して画きし設計士の功 「気まぐれで咲かない年もあります」と言はれて三年 山桜咲く 2013年5月詠 『橄欖』2013年8月号 初出 見出し画像は2021年の同じ木。

【短歌】光前寺の夜桜|文語の定型短歌を詠む 25

光前寺の夜桜を見に駒ヶ根へ 金曜日の夫の講義後に発つ 週末の食材と本を積み込みて大学門前に駐車して待つ 上弦の月が雲間に見え隠れ中央道の県境を越ゆ 参道の杉大木の黒ぐろと立ち居並びて守護神の如 駒ヶ根の冷たき風に揺られても枝垂れ桜は堪へて散らず 2013年4月詠 『橄欖』2013年7月号初出

【短歌】巡礼|文語の定型短歌を詠む 24

伊那谷の小さき二つの聖堂を十人で訪ふ巡礼の旅 松川のルルドの聖母の洞穴は仏寺の墓地を肩越しに見す 聖壇に供へられたる臘梅を活けし信徒は華道の師とふ 右にマリア左にヨゼフの聖像と供花の外は一切置かず 飴色の木彫りの聖母は磨かれて頬の艶良く笑みて居ませり 左肩に幼子乗せる聖ヨゼフ 右の手に鋸 大工の証 2013年2月詠 『橄欖』2013年5月号初出

【短歌】留学生|文語の定型短歌を詠む 23

初めての雪に喜び駆け回るメキシコ人留学生二人 「ユキ、ユキ、ユッキー!」と叫び合ひ雪玉投げ合ふメキシコ男子ら ウリセスとエマヌエル連れて国宝の城に赴く氷点下の日 大学の講師となりて早十年 並木の楠の冬陽に光る 構内のスタバ 隣のテーブルの就活女子らは溜息もらす 大学の付属図書館入り口にあるスタバ

【短歌】ワルツ|文語の定型短歌を詠む 22

山間の小さき宿の大晦日村びとら弾くヨハン・シュトラウス 碧き眼の青年古風に一礼しワルツに誘ふ かの日の母を 延べらるる若人の手に手を重ね舞の輪に入る三十路の母は 東洋の女性と踊るは初めてとその眼で語る碧き眼の男性 黒髪の艶を奢りし母なりき紅毛人らに混じりて独り ************** 私は12歳だった。 家族でクリスマス休暇を過ごしたオーストリアの山の村の大晦日の晩。 特別に「大人の時間」までテーブルに座ることを許してもらった。 次々にヨハン・シュトラウス

【短歌】焼き栗|文語の定型短歌を詠む 21

街角に焼き栗売りの夫婦立つ今日が今年の冬の始まり 登校時未だ夜明けぬ冬の街 カペレの窓に黄色の灯り 初雪なり 路面電車の赤色に白きひとひら確かに映る 待ちわびるカーレンベルクの雪便り 家族五人でスキーに橇に 仲良しのクラスメイトと待ち合はせスケートリンクへ土曜の朝は 2012年12月詠 『橄欖』2013年2月号初出

【短歌】マニラへの旅|文語の定型短歌を詠む 20

亡き父の学友フロレンス翁を訪ふマニラへの旅 幾度目かの 赤き靴幼き我に買ひくれしフロレンス翁 去年より仰臥 両手拡げ My Japanese daughter! と 呼ぶ声と笑み 昔のままに ケネディーの時代留学生仲間なりき 父の思ひ出 吾に語る翁 日本兵に父も兄姉も殺されし翁 アメリカで我が父を知る 2012年9月詠 『橄欖』2012年12月号初出 2022年5月10日記  今朝のニュースで、フィリピン大統領選の結果を知った。 かつての独裁者マルコス元大統領の長

【短歌】秋の光に|文語の定型短歌を詠む 19

夏過ぎて都会の人々帰る頃 雲の御簾上げ富士は現はる 澄み渡る東の空に富士見えて 秋の光に里は息衝く 八月の喧噪消えし山の上に広がる空の清かなる青 八ヶ岳 九月の空に伸びをする 夏の疲れに苦笑ひして 子ども等の歓声響きしこの道も 初秋の風に葉擦れ聞くのみ 山荘の窓辺に唐松の葉降りて 優しき声の亡き人を思ふ 2012年11月詠 初出 『橄欖』2013年1月号

【短歌】君の手を|文語の定型短歌を詠む 18

2021年11月詠 手袋を外し看取らむ 君の手を素手で握らむ 違反なれども 2022年5月号に発表された『橄欖』誌上歌会で十位に入賞しました。 私が歌会に出すうたは、今の時代、今の時世を意識するうたが結果的に多いように感じています。 菅原義哉氏に講評をいただきました。 「普通のことながら新型コロナゆえに、素手では施設のルール違反という何とも切ない事情。とても辛いことであろう。」 ありがとうございました。

【短歌】亡き人を|文語の定型短歌を詠む 17

2013年3月詠 亡き人を恋ふ人の歌 わが魂の傷の瘡蓋なぞりて届く 絶望の日へと瞬時に引き戻り闇に覆はるわが意のままに 忘れじと誓ひし我に降り積もる時を恨めど天の慈悲なり 死を思ひ死を語る日が増えて行く子無き我らの常の暮らしに ウツクシイニホンゴデスネと頷きぬ「彼岸」の字義を説かれし人は 初出 『橄欖』2013年6月号 見出し画像 東山魁夷 唐招提寺御影堂壁画「桂林月宵」(1980)

【短歌】羊三匹|文語の定型短歌を詠む 16

2012年8月詠 八ヶ岳を仰ぐ畑に夏野菜あまた育てる友に招かる 黒面の羊三匹庭に飼ふ友の面も陽焼けして黒 三匹の羊 ミツバチひと巣箱 庭いっぱいの野菜とハーブ 唐黍を三期に分けて植ゑしとふ 年長 年中 年少の列 ジャガイモの花を知らざる吾に友は啄木の歌を引きて教へり 摘みたてのラベンダーの香わが部屋に満ちて安らぐ山荘の夕 初出:『橄欖』2012年11月号 一部修正しています。 note にはスペースを挿入したりルビを多めにふったりしています。