【短歌】ワルツ|文語の定型短歌を詠む 22
山間の小さき宿の大晦日村びとら弾くヨハン・シュトラウス
碧き眼の青年古風に一礼しワルツに誘ふ かの日の母を
延べらるる若人の手に手を重ね舞の輪に入る三十路の母は
東洋の女性と踊るは初めてとその眼で語る碧き眼の男性
黒髪の艶を奢りし母なりき紅毛人らに混じりて独り
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私は12歳だった。
家族でクリスマス休暇を過ごしたオーストリアの山の村の大晦日の晩。
特別に「大人の時間」までテーブルに座ることを許してもらった。
次々にヨハン・シュトラウスの曲を奏でるのは村の「楽団」といった雰囲気のおなかの出たおじさんたち。弦楽だけでなく管楽器もそれなりにいた。
父と母は、他の客たちにまじってワルツを何曲か踊った。
最初の休憩を入れてしばらくした時、ハンサムなブロンドの青年が私たちのテーブルに近づいてきて、母に向かって古式ゆかしく腰を曲げて深く一礼し、次に父の方を見た。
無言だが、これは「わたくしと踊ってくださいますか」
「ご主人、奥様と踊らせていただいてよろしいですか?」という意味の、
完璧にマナーにかなった優雅なリクエストだ。
このようなリクエストがあったら「拒否しない」というのもマナーである。
父が微笑みながら頷き、青年は(これも古式ゆかしく)母に手を差し伸べる。母は青年の手に自分の手を重ね、背筋を伸ばして席からすっと立ち上がり、二人はそのままホールの輪の中へ進む。
見ていて夢のようだった。
おおぜいの白人たちの中でブロンドの青年と踊る母の黒髪の艶と、少し恥ずかしそうな口元。その母を見つめる青年の表情を、私はずっと目で追っていた。
中央が36歳当時の母。写真は大使公邸の新年会で父の同僚のご夫人方と。