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表象不可能な項目


電撃と見紛うような
恐怖が血管の中に混ざる
微粒子の濃い煙の向こうに
黒い鎖鎌がついてきている
消去しても
消去しても
消去しても
消去しても
消去しても
消去しても
消去しても
消去しても
無くならないの



1/29から2/3の6日間,正確には夜行バスで移動したため前後の日を含めた8日間にわたって,高知でクライミングをした。


全日程にわたって,マットの手配やトポ,およびその他さまざまな情報の提供からエリアのアテンドまでを多くのローカルクライマーによって助けられたため,まずはそれに感謝をしておかなくてはならない。
それと,全日程を同じ部屋と同じ車内で過ごし,僕の免許がないせいで運転をひたすら任されてくれた友人にも感謝している。

ところで,岩を触らなかった日がなかったこのツアーの中,僕は特段難易度の高い課題を登ることはできなかった。

おそらくというか,出発日はSHAREでのノースフェイスカップにDiv.3で出場してなんだかんだ出し切ったクライミングをした上で夜行バスで12時間の移動というのがかなり効いていたのだと思う。
お陰で1日目は日御子で定番から出来立てまでたくさんの課題を前にしながら消火不良を起こしていたため,微妙な顔をしていた。

そうして迎えた2日目。黒潮ボルダーの日だった。背中のバキバキ感はやや和らいでいたので普通に登れた。3年前に来たときはありえないと思っていたが全体的に技術が上がっていたのか,ビビりながらもCrazy for youを登ってGet crazyした。多分この時Crazyをもらいすぎた。

この日の締めは忘れられなくなってしまった。

大村岬で色々触って気分のいいクライミングをした後,僕らは東洋町の方へと向かった。目当ては「広大なスラブ」。知り合いが登っているのを知って,僕が登りたいと希望を出していたものの,明らかに危険な匂いが漂っていた。無理にいかなくてもいい場所だし,無理に登らなくてもいいものの,魅力的かつ唯一無二すぎるそのルックスは,僕らに「まあ,登っておけば?」と誘っていた。

思ったよりクライミングさせるアプローチをこなした先にそれはあった。

近くには普通の課題もあるようだが,日没1時間前くらいだったし,シューズとチョークだけしか持っていかなかったので,目の前まで来て登るか,大人しく帰るの二者択一だった。

iPhoneの画面で見ても明らかにまずいそれは,現実に見ると当たり前に大きいし,僕にとって登攀対象として見られるかギリギリのスケールだった。

正直なところビビっていたこともあって,友人が先陣を切ってくれた。

ヤバそうなら引き返せる判断力を持っていると信用して今回のツアーも実現している訳だが,僕のスポットがどうとか,彼の落下技術がどうとかどうでもよくなってしまう高さだし,じっと見守るしかできなかった。

上部のクラック地帯で悩みながらも登り切ってしまい,何とかクライムダウンを行って帰ってきたことで,正直に尊敬するという気持ちと,次は自分の番かという気持ちが同時に沸いた。

岩盤が横長に海から突き出た岩なので,登攀するクラックのラインまではしばらくトラバースする。これから上まで登る岩のフリクションとか,どう考えても脆そうな岩質を手足に感じながらラインまで移動する。

この時はまだ引き返す方が簡単なので,冷たい風とか波の音,鳶の声はよく聞こえるし,友人の視線も背中に感じていた。「これから死ににいくのかな。」という迷いも生じていた。震えはしないけど,死に向かうベクトルを自分がなぞっているという実感がひたすら怖かった。

この課題に関してはこの時のことをいちばん覚えている。

ライン直下まで来て,いざ上に向かう一歩を踏んだらスイッチが入った。上部のクラック手前のガバフレークまではあっという間だった。極度に集中していたとは思うが,フレークを踏むと欠けるリスクがあることだけは頭に残っていたので最後の数メートルはフットジャムをつかいながらの方が安定感を感じた。無心で目の前の形状のことだけ考えていたらもうリップだった。

正直なところクライミング中の記憶はあまりない。

結果として安全にふたりとも無事に帰って,残りの日程も過ごすことが出来た。しかし,帰りのバスの中になって自分が引き受けたリスクとか,最悪の想定とか,ただ自分の番じゃなかっただけだということを考えたら怖くなってしまって一睡もできなかった。

元々,電車を待っているときに後ろから押されたら,とか考えてしまう性格なので,若干クライミングには向いていないのかもしれない。そうした考えのより重たいものが圧し掛かってきて東京に帰ってきても若干放心状態だったような気がする。

帰って翌日には恋人と会って,おいしいものをたくさん食べたり飲んだりしたことでようやく精神が東京に帰ってきた。この予定がなかったら病んでたかも。

帰ってからはたくさんの人に心配されていたりしてなんだか申し訳ない気持ちになったけど,気にかけていてくれて少しうれしかった。

いい人生経験になったけど,少し攻めすぎてしまったよねと自分の中で反省。

リスクが高い行為をしてしまったせいで,普通の生活をしているほかの人たちに「そんなの危ないからやめなよ~」って言えなくなってしまったのが悩みになりそう。

あんなの数あるクライミングの一つだよと言われればそうだし,友人もあの日をどう感じたか正確にはわからないけれど,僕にとっては最も価値があって二度とやりたくない,印象に残るクライミングでした。

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