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潤滑油

「私は例えるならば潤滑油です。人と人の間に入りうまい具合に物事を進めるのが得意です。」
面接の場ではいつもそうアピールしていた。他に取り柄がなかった。
2着買えばパンツが1枚ついてくる量産型のリクルートスーツに身を包み、乗り慣れない満員電車に揺られる毎日。
吊り革に掴まりながら「自分が何をしたいのか」をあらためて考えてみたが、特に思いつかない。
目の前にある合同説明会の中吊り広告には眩しいくらいキラキラした就活生が写っている。
こいつは何をしてたんだろう、サークル活動を頑張ってましたとかそういう感じか?
いろいろやっていたら違った今があったのだろうか。


大学に入った時に上京して一人暮らしをはじめた。
和室のある1Kのアパートはパソコンの前に座って1日を過ごすには広すぎた。
自炊はあまりしなかった。最寄りの駅に行くまでの道にオリジン弁当とポプラがあってよく使っていた。
ポプラで買った弁当に山盛りご飯を詰めて残りを次の朝飯にしたり、夜中に腹が減ってオリジンで弁当と惣菜を買ったりしてた。
寝るのは遅かった。大学から帰ってきたらパソコンの前を陣取り、まとめブログを巡回しニコニコ動画をみるのがいつもだった。
ランキングにある歌い手の動画もよくみてたけど自分では歌う気にはならなかった。
ゼミの懇親会でカラオケに行ったときも歌わなかった。女性声優の歌うアニメの曲ぐらいしか聞いてなかったし、ミスチルの後にアニメの曲を歌うのは寒いからだ。
特に刺激のない生活しか思い浮かばないが、それでも自分なりに楽しんでいたのかもしれない。


サークルには入らなかった。気が進まなかった。大学デビューをしてはしゃいでる人と一緒にされたくないとかそんな強がりがあったのかもしれない。
文化系のサークルにでも入っておけばよかったと思う。
文化系を舐めているわけじゃなく、まじめにスポーツをやるよりは部室でコーラでも飲みながら話してる方が楽しそうって考えるんだ。
サークルに入れば友達もできてたかもしれない。
彼女もできていたかもしれない。
朝まで飲み明かして授業をサボっていたかもしれない。
無限の可能性を僕は捨ててしまったのだろうか。


アルバイトはコンビニでしていた。変わったオーナーの店だった。いつもレジ精算の10分前くらいにボサボサの髪をかきながら欠伸をしていた。
必要最低限しか喋らない僕にもシフトの度に何か話しかけてくれた。そんな小さなコミュニケーションに助けられていたのかもしれない。
就職するからアルバイトを辞めると伝えた時は1番大きい透明のレジ袋にたくさんお菓子を詰めてくれた。
「お祝いだよ、ほんと今までありがとうな」
少し涙が出そうだった。
オーナーだけが僕の頑張りを全て見ていて認めてくれているような気持ちだった。


僕は「潤滑油」ではなかった。
気づいていた、潤滑油ほど誰との関わりもなく、汚れてもいなかった。
「研究室にある空調から出る風」
今吊り革に掴まりながら上からあたる電車の空調の風と一緒だ。
そのぐらいが今の僕にちょうどよかった。特に荒ぶることもなく一定の温度で出る風、気になるほどの音も立てず誰も気にしていない。
中吊り広告を見ながら、そう思わずにはいられなかった。


潤滑油のアピールで中小のメーカーに内定をもらった。
内定者懇親会の時に会った同期は皆メガネをかけていた。心地よかった、自分に似た人が多いと思えて安心した。同期飲みの席では自己紹介や就活の話が終わるとアニメやゲームなどのオタク談義が盛り上がった。
なんだ、僕は少数派じゃなかったんだ。
内定者のLINEグループはアニメのスタンプが飛び交っていた。
日常的にコミュニケーションをとっているのはいつぶりだろうか。
不思議なことに同期の中では僕が1番会話できていた。
コンビニで接客をしていたからか。
オーナーとの会話のおかげか。
もしかしたらここで僕は「潤滑油」になるのかもしれない。
そう思うとあのアピールも嘘ではないかもと考えていた。

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