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スロウハイツの神様は全然「スロウ」ではなかった#読書感想文

「まあ、なんていうか。あらゆる物語のテーマは結局愛だよな」

スロウハイツの神様下巻 p.471より


やっぱり、辻村深月さんの作品は良いと思う今日この頃でした。

今回読了した「スロウハイツの神様」もそうですが、登場人物それぞれを丁寧に描写していることで、物語への没入感が半端なく増します。

「凍りのくじら」や「子どもたちは夜と遊ぶ」とは違い、個人的に深く共感できる登場人物はいませんでしたが、最後まで作品にのめり込めたのは、人物描写のそれのおかげだと思います。


ただ、今回のスロウハイツの神様が個人的にのめり込めた理由は、他にもいくつかあると思っていて、今回はその中からふたつ紹介させて頂きます。


本当はネタバレを含めたくなかったのですが、どうしても簡単なものを含んでしまいます。

気になる方は是非、読了後にもう一度いらしてください。

スロウハイツの神様 あらすじ

スロウハイツの神様は、2007年に発行された辻村深月さんの長編小説で、長編としては5本目の初期の作品です。

スロウハイツのオーナーである脚本家「赤羽環」を中心に、人気作家「千代田光輝」、環の親友の漫画家「狩野壮太」、映画監督の卵「長野正義」、画家の卵「森永すみれ」と言った住人の人間関係や苦楽が描かれています。

様々なアーティストの作品を生み出す過程や、その時の心情が描写されており、作り手の葛藤が伝わってくる作品です。

何層にも折り重なる物語の展開

辻村さんの作品を全て読了していませんが、全体的に物語の展開がスローな印象があります。

裏返せば一人一人の登場人物の描写を丁寧に行っているともとれますが、怒涛の展開が好まれる今の世の中には少しあっていないような気もします。

しかし、今回のスロウハイツの神様では、読者に説明していない事実を突然挟むことで、興味を途切れさせないようにしています。

この作品では、12個の章分けがされた作品ですが、その章の初めで大体物語を展開する内容が発覚するのです。

読者が飽きないように、物語を展開することは、小説では当たり前の手法ですが、この作品では回数が非常に多く、しかも大きさが丁度よいのです。

ひとつの展開が解決したと思ったら、次にまた新たな展開がすぐにでてくる。まるで色とりどりのフルーツタルトを食べているように、飽きることなく次へ次へと手が進みます。

上下巻併せて800ページを超える内容でしたが、あっさり読み終われたのはこのおかげだったのではと感じています。

加々美莉々亜の存在

今回の物語では、登場人物のほとんどが作り手、いわゆるクリエイターと呼ばれる人です。

しかし、この中でクリエイターではない主要人物が2人登場します。

それが、加々美莉々亜と黒田智志です。

中でも、加々美莉々亜はスロウハイツの住人として、他のクリエイターの登場人物と関わりを持ちます。

この加々美莉々亜=非クリエイターとクリエイターの関わりが、現実と理想の線引きを明確にしてくれています。

加々美莉々亜は、現実を突き付けてくるような発言や行動、態度をよくとります。

そこで、ひとつの事件が起きたとしても、加々美莉々亜を介することで、簡単に現実と理想の両方を見比べることができるのです。

僕はどうしても読書途中で、自分の考えや物語を多角的にみるために、途中で読む手を止めてしまいがちですが、加々美莉々亜のおかげでその回数が今回は少なかったです。

最後まで一気に読みたくなる一作

スロウハイツの神様の感想を一言でまとめると、「最後まで一気に読みたくなる」です。

べたな表現ですが、飽きさせない工夫が多くあり、気づいたら読み終わってしまう作品のひとつで、読み終わった後に小説っていいなときっと思えてきます。


あとがきで西尾維新さんが、作り手は総じて社会不適合者で不幸な人ばかりだと書かれています。

たしかに、スロウハイツの住人にしろ、現実の作家さんにしろ、社会で生きていくことが大変な人をよく見かけます。

でも、こんな素敵な考えや生き方ができるのであれば、そっちの方がよいのではと思う僕は、少し作り手なのかもと思ってほくそえんでいます。

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