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状況はどうだい?(適応障害で休職→復職して2か月の調子)


正直、すこぶる調子が悪い。適応障害でげろげろに心身を崩し、底の底まで落ち、でもその後の2か月の休職で感情や身辺の整理ができたことで、「これならまた働ける!私、もう大丈夫!」と根拠のない自信を持って復職したわけだけど、そんな自信も、取り戻したはずの本当の自分も、たった2カ月であっけなく散り去った。

復職して2か月、元気とやる気に満ち溢れて、毎日楽しく暮らしています☆みたいなことを綴りたかったのだけど、まあ無理だった。全然元気じゃなくて、毎朝仕事が嫌だともがきながら、働いたり働けなかったりしている。ま、こっちの方が私らしいよ。

休職してからぼちぼち続けてきたnoteには、復職してからも何度か救われた。他人の記事にも、自分の記事にも。なのでまた、記すことを続けていこうと思う。



本当の自分を容易に見失っちゃった


休職して、自分と向き合う時間がたっぷり作れたことで、自分が本当はどう感じているのかが分かるようになった。

物心ついた頃から、よく言えば「他人を喜ばせたい」、悪く言えば「いい子でいたい」と思っていた私は、他人と自分の線引きがあいまいだ。他人が喜ぶことイコール自分が喜ぶこと、みたいに認識してしまう節があって、でも本当の自分はちょっと我慢をしている、そしてそのことに自分すら気付けていない、ということを常々やってしまっている。

生まれてこの方ずーっとそんな感じだったわけだが、人生で初めて「何もやることのない、他者と交わる必要のない2カ月間」をもらったことで、本当の自分ってものが存在していて、その自分は他者に依存しない独自の感情を持っていて、それを汲めるのは私しかいないってことを知った。

大げさかもしれないが、生まれ変わった、とさえ思える変化だった。

そしてその変化は、私がこれから生きやすい旅を続けていくにあたって、鍵になるものだと思っている。なんせ、他者との境界があいまいで、自分の感情を譲り続けるのって、ものすごく体力を消耗するのだ。

これまでは自分をないがしろにしても、体力と気力でカバーできてたんだと思う。ただ私はもうアラサーで、生き物としてのトータルパワーの低下を実感している今、戦略的な資源配分とサステナブルな生き方を習得する必要が出てきている。

だからこれからは、本当の自分の感情を掬って、それを叶えていくことで、良い暮らしをしていくぞって、決めたのだ。

だが、これがどうにも、できない。

復職して1か月ちょっとで、徐々に正気が保てなくなっていくのを、なすすべもなく見過ごすしかなかった。

サラリーマンとして、自分を殺した方が楽なタイミングが多すぎて、めいっぱい背伸びしないと主張できないことがいくつもあって、様々な方面からの攻撃がやまないので殻に閉じこもるしかないんだもん。

そんな時間が長くなるにつれて、自分のままじゃだめだ、別の自分にならなきゃっていう呪いがどんどん強くなってしまって、本当の自分が思っている「いやだ」とか「しんどい」とかを見えないところに押し込めてしまって。

そうしていたら、また好きなことを見失ってしまった。とにかく眠りにつきたい、お家に帰りたいと思ってもがき続ける日々。こんなに簡単に戻ってしまったことが、すごくすごく悔しくて、でも抗おうという気力も思うように湧きあがらなくて、休職前ほどではないけど、ちょっとしんどめの日々だったりした。




カウンセリングに頼ってみて


そんな自分の状況を打開したくて、3カ月ぶりにカウンセリングを予約した。結果、本当に気が楽になったし、ちょっと前に進んだ気もするので、昨日体調がげろげろの中、勢いで予約の電話を変えた私、ナイスだった。

私の先生は、いつも私の感情をまずは肯定してくれる。肯定するって案外難しくて、肯定しすぎると嘘っぽく聞こえるし、肯定の端っこに疑問や呆れがにじんでしまうともう何の意味もない(話聞いてもらってるのに偉そうでごめん)。私の先生は100%の濁りなき肯定をくれるので、カウンセラーってすごい、プロってすごい、といつも思う。

肯定してもらった後には、本当の自分を取り戻すためにできることを一緒に考えてくれ、「本当の自分日記」をつけてみようかという話になった。一日の終わりに、数行でいいから、その日の中で「本当は私はこう思った」ということを書くらしい。それで、自分に戻ってから寝ましょう、と。

それを聞いて、書けない気がする、と思った。私はそもそも、自分の感情を認識していないから。認識する前に、他者の感情(だと勝手に解釈しているもの)に合わせてしまうから。ということは、やっぱり自分の感情をまずは認識することが必要で、その後、行動を選択する、の順番が良いみたいだ。

私は感情において非常に不器用だから、感情をひとつひとつ認識することにも、どれを優先させてどれを割り切るのかを決めるのも、おろそかにした感情をケアするのも、直観では全然できていない。

28歳の今から身に付けるのってすごく荒療治な気がするが、やるしかないので、やるよ。アラサー、自分の感情に向き合うよ。

そもそも、1章目に書いたことが整理されたのも、今日先生に話せたおかげだ。課題が明確化されて、対処法も決められた。本当に行って良かった。帰り道、みぞおちが心地よく重たくて、内臓がなじんでいる感覚があって、ああこれが安心か、さっきまでの私はずっと不安だったのか、と知った。



甲状腺ホルモンの異常


復職してから、週に1回は体調を崩していた。とてつもない倦怠感に襲われて座ってもいられず、気持ちが悪くて汗がにじんで、脳みそに霧がかかったように何も考えられなくなる。それは発作的に起こるので、明日もダメだったらどうしようと、毎日怯えながら過ごす日々。

あまりなったことのない種類の体調不良だったが、体力が落ちてしまっているのかなとか、低血糖かなとか、気圧のせいかなとか、ブルーマンデー症候群かなとか、色々な仮説を立ててはできる対処を試してきた。

それでも一向に良くならない。もう復職して2カ月以上経つので体力はある程度戻っているはずだし、気圧に関係なく訪れるし、ブルーマンデーにしては症状が重すぎる。

そこでふと、休職の診断書をもらいに行った心療内科で「甲状腺ホルモンの数値が悪いから、落ち着いたら専門の病院に行ってみてね」と言われたのを思い出した。甲状腺機能が低下した時の症状を調べてみると、結構当てはまる。

昨日もまた発作が起きたのだが、ただでは死なない夜風ちゃん、川のほとりでうんうん唸りながらも病院に駆け込んでナイスだった。

超音波検査と血液検査の結果、やっぱり甲状腺ホルモンの数値が低く、悪い状態だった。しかもそれが、抗うつ剤の影響じゃないかということだった。

この薬を処方した精神科には血液検査をしてもらってない(やっぱり日本の精神科医療はうんk)ので真相は分からず、とりあえず薬抜いてみるのが今の状況だと最善ではと。

まあそれならそれでいいんだけど、「どのくらいでよくなりますか?」と聞いたら医者は「3か月くらいですかねー」と。3か月?私は明日働けるかどうかに怯えて暮らしているのに、近々のしんどさを解消したいのに、3か月耐えろと?「ゆっくり様子見ればいいですよー」いやいやゆっくりしてる場合じゃないのよ。月内に意思決定しないといけないテーマもあるし、毎日元気に働かないと仕事回んないのよ。

と、昨日は少々荒れてしまったが、まあ原因が分かって一安心ではある。人類よ、鬱っぽくなったら精神科の前に甲状腺の検査だ。お姉さんとの約束だぞ。


***


自分のツイッターを見返していて、最近の自分がものすごく攻撃的なことに落ち込んだ。休職した時に積み上げたものをすべて忘れ切ってしまっていて、過去の自分に申し訳なくなった。うまく生きられないことが、どうしようもなく悔しくて、何かのせいにしたくて、怒りと悲しみをただひたすらにぶつけたくなる。

でも、何度転んでも起き上がろうとも思っている。歩き続けたいとも思っている。

「楽になる余地はあると思うんです」とすがるように発した声に、「私もそう思いますよ」と強く肯定してくれた味方と、これまでに出会ってきたいくつかのお守りを忘れないように、忘れても何度でも思い出して、日々を続けていく。続けるんだ。



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