バイトの思い出シリーズ@デバッグ夜勤 後編

後編始まるヨ!!


待機の時間は派遣のデバッグ担当だけでなく、デバッグ会社の社員さんすらもやることが無いらしく、全員が黙って時計を見つめると言う“無”みたいな時間を過ごしていた。静まり返る広いオフィス内。

「ゴブッ」

隣から聞こえる。もはや何とは言わないが聞こえる。

「ゴブッ…ゴブッ…ゴホッ」

むせんな。

隣に座る妖怪の2リットルの水がなくなりかけたとき、ようやくホストが私たちに言った。

「そろそろ始めます。軽く説明しますね。今から皆さんには、戦ってもらいます。」

バトルロワイヤルはじまるんか?

「ここにいる7人しかサーバーにいないので、必然的にこの中の誰かとマッチングします。対戦して、加減して勝ったり負けたりしてみてください。その際勝ち負けが正しく表示されるかチェックしてください。大体半分くらいの勝率でお願いします。」

あ、はい。

他にもチェック項目はあったが、基本的には自由に対戦すればいいみたいだった。勝てそうだったら勝って、負けそうだったら相手をあえて勝たせて負けた時の動作を確認する。

いよいよ長かった静寂が終わりデバッグスタート!やるぞやるぞ〜〜!



ぜんっぜん勝てない。

え?話聞いてた?半分くらいは負けないといけないんだよ?驚くほど勝てない。

ちっちゃいhydeがコンビニドロンしたせいで奇数になり、マッチングから外れて空く時間が少しある。隣を見る。妖怪ゴブりん、マジだ。

「クッ…!」

自分のキャラクターがダメージを受けるとゴブりんまでダメージを受けている。マジか。

正直、私はそんなにゲームをしない。流行りのゲームをやったり、ゲーム実況を見るくらいだ。だが周りは違かった。本気─ガチ─だ。

負けたときバグがないことは確認出来たんだよ。勝ったときの動作確認させてくれよ。話聞いてた?半分くらい負けるんだよ??

困惑していると、休憩時間になった。1時間もある。一度休憩室に移動させられ、ホストが外に行ってもいいですよと言ったが深夜に行くところもないのでスマホで暇つぶしすることにした。

皆も同じように、スマホを取りだす。すると、ここで初登場の「増田こうすけ劇場ギャグマンガ日和に出てくるキャラクターみたいな顔の男」がついに動き出した。

「ややっ、24時過ぎてる?てことは私、また一つ歳とっちゃいましたか〜wwwwww」

皆に聞こえる声であちゃ〜〜と天を仰いで見せた。

「こんなところで誕生日って、ク〜〜ッ!さみし〜〜ッwwwww」

彼の語尾には「www」が確実にあった。

一瞬、誰もがどう反応していいかわからず苦笑いを浮かべたが、美人な人妻が「そうなんですか。おめでとうございます!」と気遣いを音にしたような声で言ってくれた。

「や〜、ついに30代です!私も魔法使いですか〜なんつってwwwww 人妻さんはおいくつですか?!」

聞くかそれ。人妻も優しく気を遣ったばかりにとんだ災難だ。

「…29歳です。」

これは多分ウソだ。

それから晴れて魔法使いになった童貞ギャグマンガも人妻も黙り込んでしまった。


地獄の休憩時間が終わり、再び対戦スタート。もうずっと勝てない。ほとんど諦めていた。周りのガチでやっている人たちは勝ってもバグ報告をしていないし、メンテナンスは正常に完了したのだろう。あっぱれ、ゲーム会社の皆さん。

ユーザーが眠っている時間に出社しアップデートをしてくれてありがとう。

最後の2時間ほどはゲームではなく眠気と戦っていた。せめて眠気には勝ちたい。

ほとんど白目をむいたままパソコンを見つめていると、朝7時になった。終わった。長い長い夜が明けたのだ。

「おつかれっした。バグもなくメンテナンス完了です。ここにサインして退社してください。」

ホストもお疲れ。心でそう挨拶して自分の名前の横にサインする。

帰り際、唯一人妻が挨拶してくれた。ありがとう人妻。あなたが29歳と言うならあなたは29歳さ。多分40歳くらいだけど。

外に出るとよく晴れていて、太陽の光が目に沁みた。

肌寒いが春の匂いがする。思い返せばこれは5月初めごろくらいのことだった。

帰り道、何かを蹴飛ばした。

耳かきだった。

道端に耳かきが落ちている原因は、普段だったらわからないがその日はよく知っていた。

胸ポケットに耳かきをいれ、白いフワフワをのぞかせている男と一晩一緒だったのだ。

白いフワフワが、たんぽぽの綿毛にみえた。




(最後は格好良く終わらせたが実際は「汚ねっ」と思った)

─完─

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