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私と建築(好きなもの5)

私と建築

初対面の人に
「建築が好き。」というと「?」となるのが目に見えている。
説明するのが面倒だし、基本的に話すことはない。そのかわり、話を聞いてくれる人に出会ってしまったら、空気を読まずにひたすら喋ってしまうほど建築の魅力にとりつかれている。

大学は文学部(近代文学)だし、仕事は会社員だし、家族にも親戚にも友達にも建築家はいない。
どこからどう見ても建築とはまるで無関係の暮らしを送っている私と建築との出会いは他の趣味に比べるとかなり新しく、まだ5年ぐらいのお付き合い。でも、この5年間で私の大事な一部になっていると思う。

きっかけは単純だった。
とても素敵な男性と話す機会があり、最近アメリカに行った時に見た、と写真を見せてくれたのだ。今となっては、何故彼がこの写真を私に見せたのかはわからない。

しかしその写真には強烈なインパクトがあった。

理路整然とコンクリートの建物が向かい合って並んでいる。
だがそれは倉庫のような雑然としたものではない。
整ったコンクリートだった。

研究所?この美しいコンクリートの建物が?
二つの建物の真ん中には空に向かって伸びる細い水路のようなもの。
その先をたどるとグッと視界が開けて、青空が広がっている。

なんとうか、エヴァに出てきそうだと思った。
美しい、とにかく、美しい。
たった一枚の写真が、私の目にはしっかりと焼き付いた。 狭くてざわざわうるさい居酒屋で彼のiPhoneから見たそれを、今でも目をつぶると細部まで思い出すことができる。

これはルイス・カーンという建築界の巨匠が作ったソーク研究所だよ、と教えてくれた。
アメリカ旅行中、わざわざその建築を見るためにサンディエゴに行ったのだという。

その後、旅をした時に撮ったという、アメリカの現代建築の写真もいくつか見せてもらったが全く覚えていない。

それほどまでに一枚の写真に圧倒された。
影響を受けやすい私は、次の日にはパソコンの壁紙をソーク研究所にした。職場の人は皆不思議がっていたが、常に眺めていたかったのだ。
この中はどんな風になっているんだろう。もっと引きの写真が見たい。と、ただひたすら画像を検索しまくった。

そこからは坂道を転がり落ちるかのごとく、建築沼に落ちていった。
ルイス・カーンの他の建築の画像を探し、本を読み漁り、映画をレンタルした。
大学の図書館まで行って本を読んだり、カーンの建築が映るという映画(もしも建物が話せたら)を見に行ったりした。

そうしているうちに、今度はコルビュジエやミースなど他の巨匠が気になっていった。そもそも私は建築というものに慣れ親しんでいなかったので、全てが新鮮に見えた。
『世界の名建築100』的な本を読んで、少しでもいいなと思った建築家をググり続け、自作の建築ノートにメモした。

なんと、それまでの私は建築というものに目を向けてこなかったのだろう。
前回書いたように美術館は大好きで色々なところに足を運んだが、それはあくまでも見たい絵や展示があったからだ。美術館の建築そのものが見たい、という感覚はまるでなかった。
新国立美術館ほどの、ひとめ見た瞬間から、「すごい!」と思えるようなものであればともかく、絵はじっくり見ても、美術館自体は見事にスルーしてしまったいたのだ。今までなんと勿体ないことをしたんだろうか。こんなにハマるのであれば、しっかりと建築も見ておけばよかった。

美術館だけではない、駅に図書館に記念館、ホールやホテル、教会に納骨堂、とにかくあらゆる建築が見たい。
今までになかった建築欲が大爆発した。地元から少しずつ建築を制覇し、建築の展示を見に行き、建築学生にまざって講演会を聞いた。

今では、47都道府県に最低ひとつは見たいと思う建築がある。これを北から順に紹介するのもいいな。

建築を楽しめる感覚を持っていると、嫌な出張でも「◯◯駅見れる~しかも研修会の会場、△△の初期の建築だーやったー!」などと思えるのでお得である。
しかし、私は出張 があるような仕事ではないので、全て妄想だ。

でも本当に建築を好きになると、確実に普段の生活が楽しくなる。
建築は、美術よりもクラシックよりも、更にハードルが高いと思うけど、今後少しずつ推していきたい。あわよくば、私が世の中の建築のハードルを低くしたいな、なんてひそかに思っている。

くらいのパトロンになりたいという奇特な方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いします。その際には気合いで一日に二回更新します。