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生まれてはじめて魚をさばいた日

中学の時、理科の二分野の教科書が大大大嫌いだった。

なぜなら、最後のページでは、カエルがぱっか〜とお開きになられた、解剖のカラー写真があったからだ。ぴかぴかの教科書を勇んで開くとすぐにそのページが視界に飛び込み、私は「ぎゃああっ」と教科書を投げ捨てた。以来その写真のページが開かないように、セロテープで封鎖していた。

フナの解剖の授業があると聞いて慄いたものの、班で私だけ手を出さない、ずるい立ち回りに成功した。そんな中学生だった私は、そこから20年経っても魚との距離感を縮めることなく、水族館もあまり行かず、シュノーケリングをしたときは魚が体に触れるとヒィィッと硬直する人間のまま大人になった。(そんな奴は潜るなよ)

だが、しかし。35の春。いつのまにか私のキッチンにはこいつがいた。

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ギャーーーーーー

つい5日ほど前に、東京から岩手県に移住してきたばかりの私。この日はようやく冷蔵庫・洗濯機・コンロなどの生活家電が届いて、今夜からは料理ができるぞ!キッチンデビューだ!何をつくろうかな〜と息巻いていた夕飯時に鳴った、ピンポーン。

そうだ。ご近所さんが、ご友人から譲り受けた椅子を届けてくれるんだったっけ…。はーい。

そしていただいた。椅子二脚。

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…………んっ?

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「宮古で釣って来たっていう人がくれたんだけど、さくちゃん、いる?」

引っ越し貧乏で節約生活をはじめた私は思わず反射的に答えてしまった。

「いります」

なんでだろう。魚なんて生まれてこのかたさばいたこともないし、生魚に触れる機会もほとんどなかったというのに。

まさか初めてのキッチンが、魚さばきになるとは考えてもみなかった。偶然、まな板は肉、魚、野菜、果物と区別できる四種のタイプを買っていたけど、まさか魚から先に使うことになるとはね。

まな板に出したはいいものの、まず何をしたらいいのか…と手も足も出ない私は、東京にいる弟にまず連絡した。そういえば以前、彼がYoutuberの気まぐれクックさんに影響されて魚さばいていたことを思い出したからだ。そして弟からはこの動画が送られて来た。(サムネイルからすでにまあまあグロいので苦手な方はクリックしないでください)

えっ白子…!? タラって、こんなの出てくるの…!? っていうかグロすぎるんですけど…!でもスパーって切れてて気持ち良さそうな感じもするし、意外と簡単そうに見えるな…と、ビクビクしながらも勇気を出して、何重にもペーパータオル越しに尻尾をつかんで、頭の向きを変えた。

すると、たらの口が ぱかぁ…と開いた。気がした。閉じていたのかもわからないけれど、とにかく口が動いた。気がした。私は全身が一瞬で冷え、手を離して後ずさりした。

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動いているのは完全に気のせいなのだが、心臓がばくばくしている。わぁ〜〜無理だよ〜〜どうしよう〜〜とインターネットの海をさまよっていると、完全に私と同じ気持ちの人が検索してる、と思ってちょっとほっこりした。

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だけど受け取ったからには、やらねば。魚がさばけたら、私は一歩大人になれる気がする。そんな気がした。

そしてペーパータオルで魚の頭を掴み、ぐっと腹の部分に包丁を入れた。

入れた。

んっ……

入ら……ない。

ちょっと力を入れても、ぐぐぐぐぐっ……。入らない。おかしいな…。力加減が足りないのか、包丁が違うのか…。

そしてぐぐっ、と力を入れてようやく、ぶちゅ、と何かが出て来た。赤い何かが………

「ぎぃやぁぁ」と小さく叫んで、また後ずさりした。完全無抵抗の相手だから飛びかかってくるわけでもないのに、なぜかタラの方が圧倒的に優勢だ。

もうここまできたら…と腹をくくり、腹をかっさばく。すると出て来たのはピンク色の臓器やら、筋状の何かやら…手を切らない程度に薄目で見ながら作業しても………ビジュアルがきつい……。しかしどうやら白子はないので、こいつはメスのようだ。

内臓剥き出しのタラ先輩を前にパニックに陥った私は、弟にテレビ電話してギャーギャー言う。弟は苦笑しながら「がんばれ」と言ってくれ、少し落ち着いたので電話を切る。そして申し訳ないけれど内臓も頭も、可食部分も絶対あるけれど、私には白い身を切り分けるだけで精一杯だから………許して……といいながら全部捨てた。
すでにちょっと涙目である。

そして命からがら、なんとか取り出した身たち。3枚おろしの概念を覆すほどに下手くそだけれど、なんか食べられそうな姿になってきた。

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これを切って洗って、水を抜いて…そのまま冷凍保存。冷凍庫バージンもタラに奪われたのよ。

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疲れ切っていたのでもう食べずに寝ようかとも思ったけれど、せっかくなので刺身でも食べてみるか…とおそるおそる実食。

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すると、なんだ……。うまい。

新鮮、ということもあるし、自分がさばいたという達成感が乗っかって。なんともありがたい気持ちで食べられた。これが食育というものか…。とまで思うなど。釣ったわけじゃないけど。

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私一人では色々と目を逸らしてしまったけれど、ここはあの臓器で、食べられる、食べられない。そういうことをきちんと把握しながら食べるのが、本当は正しいよね。ああ、自分でさばいて食べるって、なんだか正しい。もう少し慣れたら見えるものもあるのかもしれないし。って、なんか気づけばまた機会があれば何かをさばく気になっている。これは革命だ。大人の階段を駆け上がったような気分になる。

「あーこれは無理」と条件反射で拒絶してきたものって、案外新しい世界を教えてくれるものなのかもしれないな。

新生活のテンションって、不思議。
今までやったことのないことも、ちょっとやってみるか、と思わせてくれる。

こうしてわたしは、『フナの解剖もやったことない人』から、『魚を捌いたことのある人』に進化した。
そしていつか、『魚を捌ける人』になるのだろうか。

こうして、新居のキッチン初めは、大量のペーパータオルとタラの可食部を失い、若干の魚くささを残し終了した。ある意味儀式っぽかったし、多分一生忘れないであろう。

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