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地下ワンダーランドを「作る」人 ー『チェコに学ぶ「作る」の魔力』 先読み2

前回のお話はこちらから。

「サクヤ、明日またお店に来て。おもしろいもの見せてあげるから」。

そして地下階段を降りる

翌日、彼女との約束どおり、ワインショップがオープンする前にお店で待ち合わせた。入店し、店内から奥のバックヤード、そしてさらに店内奥へと導かれ、「これ使って」と手渡されたのは、ゲームの世界か理科の実験でしかみないようなアルコールランプ。なにがはじまるのだろうとドキドキしていると、シャールカがそれに火を灯し、バックヤードから、シャールカのお父さんがぬっと現れた。2メートル近くあるのではないかと思うほど身長が高く、太ってはいないががっしりした体つき。お父さんは英語がまったく話せず、私はチェコ語が話せないので、コミュニケーションは少し心もとない英語を話すシャールカが頼りだ。

「ここは私の兄が経営しているワインショップで、私の叔父が作るワインを貯蔵して販売しているの。お父さんはふだんは農業高校の実技講座の講師をしてるのだけれど、数年前このお店を改装するときに、父が内装の工事をしたのよ。それから、この地下もね」。

そしてシャールカは「さぁ、旅のはじまりよ」と明るく言い、地下へ続く石の階段を降りる彼女のあとを、私は足元を照らしながらゆっくりと追う。肝試しのような恐怖はないが、アルコールランプの炎を持って歩くことに不慣れな自分が少し怖かった。

灯した火を頼りに進んでいくと、ちょろちょろちょろ、と水の流れる音が聞こえてくる。お店の明るい雰囲気と対照的に地下は真っ暗で、先まわりして照明をつけるお父さんとシャールカの後を追いながら、私もおそるおそるランプで先を照らす。するとそこには、先ほど聞こえた音の主である流水を原動力に、推定2メートルのお父さんよりも少し大きい金属製の車輪のようなものがクルクルと回っていた。天井から細く流れる水が落ちるのに合わせて、少しずつ回転していくさまはまさに水車だ。その規則的な回転を、口を開けながらしばし眺めた。

高さ2mほどある水車

さらにシャールカが誘導した奥へ数歩進むと、そこには小さな神殿があった。
 小さな池の中心には石像があり、何年もそこにあるようなティーカップやポットなどが供えられている。たとえるなら鎌倉の銭洗弁財天でお金を洗うところより少し狭いくらい、人が6人も横並びで参拝したらいっぱいになるくらいの空間。しかし、ここは神社ではなく、ワインショップの地下だ。あまりに突拍子のないその光景を眼前にして、私は少しパニック気味に「こ、ここは、いったい?」と、シャールカに質問した。

手作りの神殿

彼女は「ぜんぶうちのお父さんが作ったの」と答えた。驚いたでしょと言わんばかりに、誇らしげな表情をしている。
「これで地下を掘っているのよ」とシャールカがいうと、お父さんはそばにあったツルハシを無言で指差して、ニヤリとした。

信じられない。目の前の神殿らしきものは、到底素人の手作りで作ったものとは思えない。というか素人って神殿作るのか?
すでに面食らっている私に、「この先、まだまだ長いわよ」とシャールカは続ける。聞けばこの地下通路は地中6メートルの深さにあり、全長300メートル(!)も続いているという。はじめに入店したワインショップから、隣接する庭、祖母の家、叔父の家……と、数軒分の敷地をまたぐ「手掘りの地下通路」。私には初耳のフレーズだ。「実は、隣のバス停のところまで地下の敷地が続いているのよ」とシャールカが言い、徒歩5分ほどかかったそのバス停の位置を思い出し、この地中世界の壮大さにめまいを覚えた。

一歩歩くごとに、趣味の域なんてとうに超えたDIY、地下遊園地とも呼べそうな、お父さんの作りあげたワンダーランドが姿を現してきた。入り口の神殿が銭洗弁財天だとしたら、その後は新年の七福神巡り、いやそれ以上の数を誇るようなコーナーが続くのだ。それらが地下トンネルでつながっていて、すべてが岩石でできているルートを想像してほしい。尊敬の念と同時に、失礼ながら「狂気」という言葉が一瞬頭をかすめた。

まず案内されたのは、大きな石が2つ向き合う横顔のように配置され、その周囲にはレンガのように石が積まれた、砦のような空間。シャールカはビリヤード球を取りだし、向き合う大きな2つの石のすき間にそれを置いた。

「これは、王子と王女の石のシンボル。ここから先は王女しか入れないの。この球をここから転がして、下から出て来たら、私は王女だからこの先に進めるの」。ほの暗い空間とは裏腹に設定のファンシーさのギャップに思わず吹き出すと、説明するお父さんも嬉しそうにしている。シャールカが置いた玉は石の隙間の暗闇へと姿を消し、秘密の通路を球が転がっていく音がして、10秒ほどすると、「チーン」という鐘の音とともに球が目的の場所へと姿を現した。
「やった! 私は王女よ!」と喜ぶシャールカ。その後、私も同様に王女認定をいただいた。

王女として先に進むと、今度は別の穴に球を入れるように指令がくだる。壁の中をボールが転がっていく音がして、砦を離れその音が導く先へついていくと、その球はポチャン、と音を立てて水の中に落ちてしまった。

「悪魔の池に飲み込まれてしまったようね! ここは邪悪な魂が沈む場所。よきドラゴンの協力なしにはそこから抜け出すことができないの。……さあ、どうしよう?」夢の国のキャストさながら、シャールカがナビゲートする。「呪文をつぶやきながらドラゴンの岩を撫でて!」とう指令に従うと「ゴゴゴ……」という音とともに悪魔の池の水位は下がり、球はむき出しになり手が届くようになった。

こんなからくり装置も、「手作りでお父さんが作ったもの」だという。日曜大工の概念をはるかに超えている。

いくつかのアトラクションをくぐり抜けたのち、「ここはワインの貯蔵庫。何年もののワインをここで寝かせるの」と、業務的に使っているエリアを案内され、少しホッとした。そう。ここはそもそも、ワインショップの地下だ。作ったワインを貯蔵するために掘られた空間だったのだ。

しかしその貯蔵庫を抜けたさらに奥の奥まで、自分ひとりで来たら絶対に迷子になるくらい、道すじは複雑に長く続く。直線距離ならば5分程度の道のりだが、足元に注意しながらくねくね歩くだけで少し疲れる、この距離を自力で掘ったなんて。それ自体が途方もない作業なのに、ひとつひとつのコーナーの徹底した凝り具合もすごい。

しかし私はここで、とんでもない事実を知ることになる……。

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