記憶の部屋

目が覚めた。


ぼんやりしていた頭が次第にはっきりしてくる。

目だけをゆっくり動かし、辺りを見渡す。

白に少しの水色を混ぜたような淡い色の天井。

左側には高級そうな木の造りの本棚。
英語のタイトルの本がずらりと並んでいる。
反対側には同じような造りの椅子が置いてある。

その上に1冊の本がある。


誰かいたのだろうか
ふと、そんなことを思った。

なぜかその本が気になり手を伸ばす。
すると、ふわっとどこからか風が入ってきた。
まるでその本に手を伸ばすことを止めるかのように。

よく見ると椅子の近くに窓があった。

再び風が入ってくる。
と、その中にさっきは気づかなかった甘い匂いを感じた。キンモクセイだ。


シーンと静まり返ったこの部屋。
そもそも私は何故ここにいるのか分かっていない。
ただ目を覚ましたらここだったのだ。


ゆっくりと体を起こし、部屋全体を見渡して
私は思わず息を飲んだ。


私の視線の先にある壁が
なんとも鮮やかな紫色だった。


それ以外の壁は全て白なのにそこだけ紫なのだ。

しばらくの間動けないままじっとその壁を見つめていたが、そのうち壁に引き寄せられるようにゆっくりとベッドから足を下ろした。

近付けば近付くほど、その鮮やかさが分かる。

これは紫色なのだろうか。
綺麗だな、と思い手を伸ばして壁に触れた。


「菖蒲色です」と背後から声がした。


振り返るとそこには男が1人立っていた。


私が驚きのあまり動けないでいると、
「色言葉は神秘的、芸術的、哲学的です。どうですか、思い当たるものはありますか?」と微笑みながら聞いてきた。


「12月23日の誕生日カラーですね」


と、その言葉に脳が反応する。


それは一体何の日だったか。
知っている気がする。


「あなたの誕生日ですよ」
まるで私の心を見透かしているかのように男が答えた。


あぁ、そうだ。私の誕生日だ。
なぜ知っているんだろうか、そんな事を思いつつも少しずつ頭が冷静になってきた。

「ここは一体何なんですか?」

「ここは記憶の部屋です」

「記憶の部屋?」

あぁ、また目眩がする。

「おっと、大丈夫ですか?」
がっちりとした男の腕が私の体を支える。

「焦らなくても大丈夫です。時間は沢山ありますからね。お茶でも飲みながらどうですか?」

はい、と私は返事をした。


ゆっくりとまたベッドに腰掛けると、男は失礼しますと言い部屋を出て行った。


記憶の部屋。

私はこの世のものではない世界に来てしまったのだろうか。
私の記憶がないことと何か関係があるのだろうか。

ぼんやりと窓を見つめる。

ただキンモクセイの香りがどこか懐かしくて切なくなった。











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