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自分を守るために

小さな頃から不思議なことがありました。

「霊感の強い子」


小学生だった頃のある日、夜中に目を覚ますと

ベットの横にグチャグチャになった血だらけの人が

立っていました。

頭から布団をかぶり、大声で階下に寝ている

両親を呼びました。

「この近所で交通事故で人が死んだんだって」

その話を数日前に聞いたばかりでした。

おじいちゃんが亡くなった時も自宅待機していた

私の元へ知らせに来てくれました。

霊感の強い子だったようです。今も少しだけ笑


「感受性の強い子」


高校生の時、テレビで自分が口にしている牛の屠殺の

シーンを目にしました。

その時からしばらくお肉が全く食べれなくなりました。

その光景が目に焼きつき、体調を崩し、胃カメラ検査を

受けました。

「もう少し栄養をつけるように」とその時の医師は

言いました。

結婚後のある日、オーロラタウンにある

道新ギャラリーを通り掛かりました。

可愛い動物たちの写真展示をしてました。

視力が弱く、近づいてその写真を眺めると

動物実験の動物たちの惨たらしい写真が並んで

いました。

すぐに離れればよかったのかもしれません。

カメラを見ている怯えきった動物たちの表情を

1枚1枚見続けました。

その後、自宅に戻り、数日間、とめどなく涙が溢れ

家族に心配をかけました。


「あいまいな境界線」


決まって自分の知らない世界を目の当たりにした時に

そのショックで鬱状態に陥ることがありました。

その時の心情は自分自身が辛い状況にいる当事者自身に

なってしまうと同時にその当事者を傷つけている側に

立ってしまうのです。

そして、その葛藤の中で悩み続けます。


「いまに生かす」


今、子どもの支援団体を立ち上げて活動を

続けています。

時に子どもたちが自分の力ではどうしようもできない

状況に陥っていることを知る時もあります。

その声を聞きながら自分がその子自身になってしまい、

涙が溢れ出しそうになる時があります。

でもなぜか、「子どもの前では泣いてはいけない」

と身体はしっかりと反応してくれます。


子どもたちの感情を受け取り、その子になったかの

ように「悲しく」「辛く」なります。

その後、決まって来るのは子ども達を傷付けている

加害側に立っているかのような自分に対する「怒り」

です。

そして、そのあらゆる感情の中でもっとも強いで

あろうエネルギーである「怒り」から自分を守る

ために「行動」へとうつしていきます。

「悲しみ」や「怒り」の感情を持ち続けることは

自分自身を疲弊させていくということを身を以て

知ったから、いつからかそうやって自分自身を

守る術を身につけました。


昨年、両親がパートナーに言いました。

「あんなに弱い子だったのにね」と。

パートナーは言いました。

「彼女は昔と何も変わってないんですよ」

と( ◠‿◠ )


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