日本代表対ドイツ代表戦に見る森保監督の弱点の活用


『運命を変えるような大勝負の場面にきた時、相手の弱点を計算に入れるのは二流の監督なんです。一流監督は、味方の弱点を計算するもんなんです』by三原修

弱点というのは上手に使えば武器にもなる。それをわかりやすい形で示されたのが日本代表対ドイツ代表戦だった。

試合序盤、日本代表はSBの前のスペース、特に左サイドの長友の前のスペースが弱点になっていた。これはワザと空けていた可能性が高い。

ドイツ代表の攻撃は単純に説明すると、DFラインでパスを回して左右に揺さぶり、隙ができたらアタッカーが連動したオフ・ザ・ボールの動きで守備を撹乱し、フリーで受けた選手が個人技とコンビネーションでフィニッシュに持ち込むというものだった。

このデコイランの繰り返しによるスペースメークを防ぐために森保監督の取った策は、中盤とサイドに最初からスペースを空けておくというものだった。

日本代表のプレスが緩いので左右に揺さぶらずともボールを前に運べ、スペースメークなどせずともスペースで受けられる状況を作ることでドイツ代表の攻め手を制限したのだ。

こうしてあえてサイドのスペースをドイツ代表に明け渡すことで、日本代表は守備が整った状態で迎え撃つことができたのである。

弱点は、こちらが予期していなかった弱点を突かれるのが一番悲惨なことになる。ドイツ代表に、それをされるくらいなら、自分から弱点を相手に提示し、攻め手を限定させ、相手の攻撃を予測しやすくすることでダメージを最小限に抑えたほうがマシなのだ。

ドイツ代表のアタッカーはいつもなら相手の守備をオフ・ザ・ボールの動きで撹乱してからボールを受けられていた。それが日本代表戦では、いつもと勝手が違い、スペースで棒立ちでパスを受けることが多くなり、ボールが届いたときにはプレッシャーを掛けられて自由にプレーできなくなっていた。

ただしこれはサイドチェンジされると台無しになる。日本代表はサイドチェンジをされないようギュンドアンとキミッヒを中盤より前の6人がかりで封殺していた。ドイツの両サイドが調子に乗って高い位置に上がりすぎていたこともあり、ワールドクラスのCH2人が普段ではありえないほど簡単にボールを失っていた。

肉を切らせて骨を断つといった感じのギャンブル度の高い守備戦術だったこともあり、それなりにピンチはあったが、なんとかドイツ代表の攻撃をしのいだ日本代表だった。けれども、それも前半20分頃までの話だった。

前半20分頃になるとドイツ代表も日本代表の意図を読み取り、攻撃パターンを変更してくる。後列のドリブル攻撃である。レシーバーのフリーランニングによる撹乱ではなく、DFやギュンドアンがドリブルでボールを運び、日本代表の守備陣を前におびき出すことで守備の撹乱を計ってきた。

ここから日本代表の守備が崩壊。前半30分ごろになるとドイツ代表のアタッカー陣が上下動を繰り返すことで日本代表の守備陣をさらに混乱させる。そのうちFWが疲れからCHをケアしきれなくなり、サイドチェンジを阻止できなくなったところを権田がPKを取られて先制ゴールを許した。

失点してからは日本代表もハイプレスで反撃を試みるが、普通にやれば実力差通りに攻め崩されるだけだった。逆にドイツ代表にハイプレスを掛け返されて完全に試合の主導権を失う。

前半アディショナルタイムに追加点を決められたがオフサイド。この判定に意気消沈したのかドイツ代表が突然集中力を切らせる。プレスがゆるゆるになり、自陣への戻りも遅くなった。これにより日本代表も好機をつかむが決められずに前半終了となった。



後半、日本代表は冨安を投入して3-4-3にシステムを変更。これでドイツ代表から主導権を奪い返したかのようなマッチレビューがあったが、完璧に間違った記事だ。実際には、攻守ともに封殺されていた。

3-4-3に変更直後、ドイツ代表がハイプレスを仕掛けて日本代表のビルドアップを完全に押さえ込む。逆に日本代表のハイプレスを簡単に切り裂き、圧倒的な実力差を見せた。

1点リードした状態で敵の勝負手を攻守に完封。圧倒的優位な状況が、ドイツ代表に致命的な慢心をもたらした。後半8分頃から突如サボりだす選手が出てしまう。

アタッカー陣4人が前線に張り付き、後列がハイプレスを回避してボールを届けるのを待つようになってしまう。これで日本代表は息を吹き返した。

アタッカー陣が攻守に運動量が低下したことと、浅野、三笘の投入が合わさり、試合がオープンな展開になる。これにはフリック監督もミュラーとギュンドアンを下げ、守備能力の高いホフマンとゴレツカを入れて試合を終わらせに来る。結局この交代策が敗因となった。

日本代表が堂安、南野の投入で5トップ化したことによりゴレツカが最終ラインに吸収され、同時にトップ下に移動したムシレラが守備をサボりだしたことにより、中盤の守備が数的不利に陥る。

ひとり元気に守備に走り回っていた右SHのホフマンが前に釣り出されて三笘がフリーになったのが致命傷になった。5対5の状況で三笘が2人を引き付けてパスを通して数的優位を作る。最後に1人余った堂安がこぼれ球を押し込んで同点に追いついた。

後半34分に1-1の状況、勝利のためにフリック監督はターゲットマンのフュルクルクとゲッツェを投入。サイドアタックとセットプレー攻勢を仕掛けようとする。しかし、じっくりとパスを繋いでサイドを攻略するのか、パワープレーを仕掛けるのかで意思統一できずにパニック状態に陥る。

その隙きをついて森保監督の秘策が炸裂する。ドイツ代表のDFラインはリュディガー以外がスピード不足のため、背後のスペースへのロングボールが弱点と見られていた。これに対して森保監督はスペースへのロングボールを封印。スペースではなくスピードスターの前田の頭へと放り込み続けた。

繰り返し頭上めがけて蹴られるロングボールに慣らされたリュディガーは、完全に裏への警戒を怠っていた。南野の動き出しに右SBズーレが引っ張られてギャップが生まれたことに気づかず、早すぎるタイミングで飛び出す浅野を見送り、オフサイドを取りそこねてパスを通されてしまった。

浅野のゴールで2-1になってからは5-4-1で守り倒す日本代表を、リュディガーを前線に上げたドイツ代表がパワープレーとセットプレーで攻め立てるが、ギリギリのところでしのぎきった日本代表の勝利に終わった。

味方の弱点を消し、敵の弱点をつく。これだけで勝てるほど勝負事は甘くはない。あえて弱点を晒したり、逆に敵の弱点以外を攻めたり、といった様々な駆け引きが必要になる。

どれほど相手が弱体であろうとも戦法に奇襲の要素を加えるというのは戦術学の基本セオリーである。ドイツ代表のフリック監督は戦力差に甘えて、その基本セオリーをないがしろにした。負けるべくして負けたと批判されても仕方がない。

一方の森保監督は敵味方双方の弱点を有効活用し、見事にジャイアントキリングを成し遂げた。たしかに幸運も味方したが、人事を尽くしたからこその幸運であることは間違いない。

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