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アナタハン 1953年東宝

アナタハン

いやあ、よくぞこんな映画をラインナップに入れてくれました。
Amazon プライムに感謝。
とにかく根がスケベなもので、こういう怪しい映画が昔から大好物でした。
「アナタハン」というのは、北マリアナ諸島に実際にある島の名前です。
サイパン島の北あたりですね。
もう名前からしていかにも怪しげなこの島に、終戦間近の頃、爆撃を受け、沈没した船の日本兵たちが流れつきます。
するとこの島には、夫婦とおぼしきカップルが1組住んでいるんですね。
やがて米軍は日本の敗戦を伝え、投降を呼びかけますが、かの横井庄一軍曹、小野田寛郎少尉よろしく、彼らは、これを敵の策略と判断してシカト。
そこから、およそ5年にも及ぶ島でのサバイバルが始まります。
アナタハン島に残された三十人近い男と、妙齢の女が1人。
さあ、この絶海の孤島に、たった一人のマドンナをめぐって、逆ハーレムが生まれるわけです。
まさにB級映画としては、これ以上ない設定なのですが、これがなんと実話なのだから、世の中は面白い。
昭和スキャンダル事件史に燦然と輝く、「アナタハン女王事件」がそれです。
島から帰国した兵士の1人が、この5年の間に、島のマドンナを争って何人もの男たちが不審死していたと証言したんですね。
アナタハン島で、何が起こっていたのか。
世間の好奇な目が一斉にこの事件に向けられます。
長く暗い戦争が終わったばかりの日本では、こういうセンセーショナルな艶っぽいニュースに飢えていました。
メディアはこぞって、このスキャンダラスな話題に飛び付き、生還したこの島の女王は、当時スター並みの報道をされることになります。
実際この本人を主演にした「アナタハン島の真相はこれだ!!」という、タイトルに「!!」がつくような映画まで作られることになります。
「アナタハン」は、日本中を巻き込む大ブームになったわけです。

しかし、本作はその映画ではありません。
このニュースに興味を持った映画監督が、ハリウッドにいたんですね。
マレーネ・デートリッヒとタッグを組んで、数々の名作を世に送り出して来たジョセフ・フォン・スタンバーグ監督です。
代表作としては、日本初の字幕入りトーキー映画として大ヒットした「モロッコ」が有名です。
スタンバーグ監督は、日本でこの映画を撮影します。
俳優たちは、全てスタンバーグ監督が選んだ新人たち。
ヒロインを演じた根岸明美は、後に黒沢映画にも出演するなど、次第に演技派として花開いていきますが、デビュー当時は、肉体派女優として売り出されました。
彼女は、日劇ダンシング・チーム出身で、男たちの前で、扇情的に踊るシーンなどもあり、すぐに思い出してしまったのが、つい先日見たばかりのイタリア映画「にがい米」のヒロインを演じたシルバーナ・マンガーノ。
あの強烈な脇毛こそありませんでしたが、男たちにしなだれる時のあの流し目などは、マンガーナに負けず劣らずかなりセクシーでした。
そういえば、映画撮影時19歳というのも一緒。
デビュー映画であり、しかもハリウッドの大監督の演出ということで「ノー」と言えなかったのか、この時代の映画では珍しいヌード・シーンも披露。
しかし、何の必然性もないような明らかなサービス・カットで、あれはちょっと可哀想でした。
スタンバーグ監督も、まさか、マレーネ・デートリッヒに、そんなシーンは頼めなかったでしょうから、その憂さを日本で晴らしたのかも。このスケベ!
男優陣は、ほぼ知らない顔ばかりでしたが、僕の世代の映画ファンなら、見覚えのある役者が一人だけいました。
「ウルトラセブン」のウルトラ警備隊キリヤマ隊長を演じた中山昭二です。
この映画が、彼のデビュー作だったわけですが、映画途中で恋敵にあえなく殺されてしまいます。

舞台が、熱帯ジャングルですから、オールロケーションで作られてもよさそうなものですが、本作は、実際には巨大な島のセットを作って撮影されています。
これが僕らの世代では馴染みの深い、特撮怪獣映画や、モノクロのテレビ・ドラマ「ウルトラQ」のようなテイストになっていてちょっとノスタルジー。
それもそのはず、本作は東宝の製作で、「特撮の神様」円谷英二も特殊効果で参加しているんですね。
それから、冒頭のタイトルシーンがちょっとビックリしました。
なんと、スタッフもキャストも、監督以外はほぼ日本人なのに、全て英語表記なんですね。
そんな映画なんて、この翌年に作られたハリウッド版「怪獣王ゴジラ」くらいなものでしょう。
しかも、本作は、ほぼ全編スタンバーグ監督自身によるナレーション入り。
もちろん、字幕も入ります。
これが、昨今のBlu-rayパッケージの特典付録にある、コメンタリー解説みたいで、かなりやり過ぎ。
役者の台詞にも平気でかぶさっていて、自分の演出力の不足分を、カバーしているような感じでした。
確かに、1930年代のスタンバーグ作品は、マレーネ・デートリッヒの魅力も手伝って、それなりに見応えもありましたが、本作は、その頃のスタンバーグ・スタイルがそのまま進化していないようで、1950年代の映画にしては、どこかクラシックなムードが漂っていました。
ラストシーンの、島で死んだ兵士たちと、ヒロインとの延々と続くカットバックは、この映画をなんとか格調高い恋愛映画として成立させたいという監督の、無理矢理感がやや空回りしている感じ。
Wiki をチェックして見ても、1934年の「西班牙狂想曲」からの20年間は、目立った作品もほぼなく、残酷なようですが、この監督自身がすでにこの映画撮影時には、過去の遺物と化していたかもしれません。
ハリウッド監督が日本で撮影した映画として、鳴り物入りで製作された本作ではありますが、実は前述のB級猟奇映画として製作された本人主演作品の方が日本では当たっており、本作は大コケ。
しかし、アメリカではそこそこの成績を上げて、大監督としての面目はなんとか保ったようです。

本作を現代に置き換えて翻案した「東京島」という作品が、2010年に製作されています。
主演は木村多江ですが、残念ながら未見。
彼女は、事件当事者の比嘉和子とも、根岸明美ともだいぶイメージの違う女優ですので、かなり違うテイストの作品になっているような気はします。
それでも木村多江のヌードがあれば絶対に見逃さないところですが、まさかそれはありますまい。
見た方がいたら、そっと教えてください。

「アナタハン」だけに、こっそりね。

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