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若きウエルテルの悩み ゲーテ

若きウェルテルの悩み ゲーテ

僕が中学生の頃は、まだSNSなんてものはなかったので、女子とコミュニケーションするツールは、もっぱら手紙でした。
中には、交換日記などで、淡い愛を育んでいるという手合いもいましたが、僕の場合はもっぱら文通でしたね。
雑誌に、文通欄みたいなコーナーがあって、そこに文通希望の女子が投稿していました。
もちろん、わかるのは住所だけで、相手の顔も氏素性も分かりません。
ですから、そこに乗っているちょっとした自己紹介コメントから推測して、文通を始めるわけです。
もちろん、こちらは素知らぬ顔をして、下手な鉄砲も数打てば論理で、日本全国複数の女子と、手紙のやり取りをするわけです。
この修行により、文章力はかなり鍛えられたと思ってます。
文通はさすがに、大学生になる頃にはマイブームを過ぎていましたが、この経験を活かして、ラブレターの代筆なんていうアルバイトもしました。
顔も知らない女の子に、友人になり変わって、愛の言葉を文章にするわけです。
このバイトをするときは、ラブレターを書くのは深夜と決めていました。
酒はあまりいけないクチなのですが、軽く引っ掛けてほろ酔い気分で書くのが一番情熱的な文章になりましたね。
そして、朝起きても決して書いたものは読み返さずに、封筒に入れて、そのまま友人に渡すことを心がけました。
夜中に書いたものを、朝読み返すと、大抵は我に返って、赤面してしまうのが常だったので、自分の相手ならいざ知らず、人のラブレターなら、そのまま渡した方がラブレターとしては効果的だろうと踏んだわけです。
後に、だいぶ大人になってから、残してあった、その頃のラブレターの原稿を読んだことがありましたが、我ながら自意識過剰も甚だしく、とてもこっ恥ずかしくて、まともには読めたものではありませんでした。
そして、この経験があったので、このゲーテの熱情迸る処女作を読了して、まず最初に思ったことはこんなことでした。

「多分ゲーテは、この処女作を、後年になって、苦々しく思い、成功作とは思っていなかったに違いない。」

そう思い始めたら、いても立ってもいられなくなるのが性分で、いろいろ調べているうちに見つけました。
当時としては超高齢の81歳まで生きたゲーテは、案の定この「若きウエルテルの悩み」に対して、否定的な見解を述べていたと、どこかのドイツ文学者が語っていました。
だとすれば理由はおそらくそれに近いものでしょう。

しかしです。

僕が昔の自分のラブレターを読んだ時には、赤面したと同時にこうも思ったものです。

「残念ながら、この感性は今の自分にはない。」

つまり、そんな情熱的なラブレターは、今の自分には逆立ちしても書けないという事実です。
これは大きなことです。
そしてそれは、ゲーテにも言えることではなかったかと踏んでいます。
後には、「ファウスト」の高みに至ることで、気大の大文豪になってゆくゲーテも、この処女作の情熱がほとばしり出るような書きっぷりは、当時まだ23歳の若き彼の感性でしか書き得なかったものではなかったかと思うわけです。
そして、それゆえに、本作は、ゲーテ本人がどう思おうと、歴史に残る世界文学の名作になったということだと思うわけです。
ゲーテは、本作を、当時の自分の実体験に基づいて構成しています。
ヒロインのシャルロッテは、実際にも彼の友人の許嫁として実在した人です。
そして、叶わぬ恋故に、自殺したという友人もいました。
彼は、この二つの出来事をもとに、本作の基本プロットを構成しています。
そして、何よりも、彼がこの小説を執筆しようと思った理由が、断ち切れぬシャルロッテへの想いを、客観的に俯瞰し、それを小説にすることで、自分なりにクールダウンしようと思い立ったこと。
要するに、本作は、ゲーテにとってはリハビリだったわけです。
そして、それが出来た故に、ゲーテは、最後にはピストル自殺をしてしまうウエルテルにはならずに済んだということなのでしょう。

僕も、20代の頃までは、恥ずかしながら自作の曲を作っていました。
大抵は、拙い実体験をベースにしたプライベート・ラブ・ソングみたいな曲が多かったわけですが、その頃の曲を聞きなおしてみてつくづく思います。
やはり、若い日の熱量がなければ、作れなかったと思われる曲がほとんどなんですね。
そして、当然ながら、それらの曲の多くは、僕の場合失恋ソングになるわけですが、あの頃の自分も、曲作りをすることによって、実は200年前のゲーテと同じように、失恋の痛手をリハビリしようとしていたのではないかと思われるわけです。

本作は、友人ウイルヘルムに宛てたウエルテルの書簡集という形式で小説に構築されています。
主人公の心情をストレートに表現するのに、やはり本人自身の手紙をベースにするというのは、上手い表現方でした。
本作を執筆しながら、主人公の心情に次第に同化していく著者が目に浮かびます。
80歳を超えての臨終の床でさえ、「もっと光を」などという最期の言葉を残すほど、自意識過剰レベルに情熱家だった文豪ゲーテが、その情熱だけで書き上げた小説処女作が本作「若きウエルテの悩み」。
ある意味では、そんな彼の面目躍如となる作品こそ、本作であったと思う次第。

僕が若き日に作った愚曲の数々も、恥ずかしくて、とてもとても聴けないという時期こそありましたが、今の年齢に辿り着いてしまえば、どいつもこいつも、なぜか無性に愛おしく思えてなりません。

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