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第4作「新・男はつらいよ」1970年松竹

第4作「新・男はつらいよ」

寅さん映画の公開は、ずっとお盆と正月だと思っていましたが、ちょっと調べてみたらビックリ。
実はここまでの4作はちょっと話が違いました。
1作目が公開されたのが、1969年の8月、続編が同じ年の11月、3作目が1970年の1月というペースで製作され、本作が公開されたのがなんとその翌月。
前作の公開から、なんと40日後なんですね。
つまり、「男はつらいよ」シリーズのここまでの4作は、およそ半年ぐらいの間に作られたことになります。
恐るべきハイペースですね。
僕の大好きな大映製作の「大魔神」シリーズは、1966年の一年間だけで3作、「仁義なき戦い」の深作オリジナル5作が、1973年から74年にかけてのおよそ1年半の間に5作られています。
「座頭市」や「眠狂四郎」といったシリーズも、およそこれくらいのペースで作られていましたが、それをも上回るペースというわけですから、これはちょっとスゴい。
そんな製作裏事情を知って、この4作目を改めて鑑賞すると、案の定他のシリーズ作品に比べて、圧倒的に地方ロケが少ないのは納得です。
本作のマドンナは、栗原小巻ですが、彼女が演じる春子は帝釈天に隣接した幼稚園の先生。
とらやのスッタモンダも、マドンナとの騒動も、ほぼ柴又を舞台に展開されていたのは、製作日数の都合で、大々的な地方ロケーション撮影が無理だったからというわけでしょう。
前3作のヒットで、テレビに観客を奪われ、斜陽になり始めていた映画興行の「救いの神」となった感のある本シリーズに、客が呼べるうちに、うんと稼いでもらおうと、松竹が急ピッチ製作を敢行したのもわかる気がします。
脚本は、本作も山田洋次が担当していますが、監督は、前作の森崎東からバトンタッチされた小林俊一。
この人は、テレビドラマ版のブロデューサーをしていた人で、演出も手がけていました。いわば、「男はつらいよ」の生みの親ともいうべき人。
映画でのキャリアはほぼありませんが、渥美清と組んだフジテレビのいくつかのテレビドラマでは実籍があった人です。

山梨県南都留郡道志村のバス停に隣接した茶店で、バスを待つ寅さん。
本作の冒頭は、前作に続き夢のシークエンスではありません。
茶店の婆さんに届いた孝行息子からの葉書に感動した寅は、望郷の念に駆られます。しかし、帰ろうにも、気の利いた土産を買う金もなし。

オープニングで、山本直純のテーマが流れます。
歌っているのはもちろん渥美清。
しかしその歌詞が、今まで聞いたことのないバージョンでちょっとビックリしました。

どうせおいらは底抜けバケツ  わかっちゃいるんだ妹よ
入れたつもりがスポンのポンで なにもせぬよりまだ悪い
それでも男の夢だけは なんで忘れて なんで忘れているものか いるものか

オープニングのセリフや歌詞は、作品ごとに微妙に違うことは知っていましたが、この歌詞で歌われているバージョンは初めて聞きました。

出張先の名古屋から帰ってきたタコ社長が、競馬場で寅さんにバッタリ出会ったと、とらやに報告に来ます。
ワゴンタイガーという馬に運命的な出逢いを感じた寅は、圧倒的不人気にも関わらず馬券の一点買い。
これがなんと大穴の一着で、これを元手にも大金100万円を手にした寅次郎は、意気揚々と名古屋からタクシーを飛ばして柴又に凱旋。
(ちなみに名古屋からのタクシー代は29000円でした。)
寅は、分厚い財布をバンバンと叩きながら上機嫌です。
「今日は、俺のおごりよ。」
早速、参道の商店街の連中を集めて、とらやでドンチャン騒ぎ。
勢いに乗って、何かと心配かけ通しのおいちゃんとおばちゃんをハワイ旅行に連れて行くという話になります。
今はカタギになった登が勤める旅行会社に気前よく前金を払った寅。
しかし、いざ出発という当日、登が血相を変えてとらやへ。
なんと旅行会社の社長が、寅の払った前金を持ったままトンヅラしたというのです。
商店街の連中に万歳で送り出された手前、ノコノコと戻るわけにもいかず、夜になってから、人目を忍んで帰宅する一行。
こうなったら、ハワイに行ったことにして、4日間そこで、息を潜めてじっとしていようというわけです。
しかし、とらや不在の噂を聞いた泥棒が、一行が帰ってきているのも知らずに、夜陰に乗じてとらやに侵入。
寅達に取り押さえられます。
この泥棒を演じたのが、財津一郎。
この人、当時バラエティ番組の「てなもんや三度笠」に蛇口一角役で出演して、「非常にキビシーっ❗️」「〜してチョーダイ」などのギャグを連発。
大好きだったアニメ「花のピュンピュン丸」では主題歌なども歌っていたのでよく覚えているコメディアンです。
「続・男はつらいよ」では、病院の入院患者役で出演していましたね。
しかし、捕らえたのはいいものの、自分達の立場を考えると、警察に突き出すこともできないで困り果てる一行。
結局逃してやるものの、泥棒は不審者としてパトロール中の警官に捕まり、とらやに一行が戻っていることをバラしてしまいます。
そして、隠れていた寅たちも、商店街の連中に見つかって計画はオジャン。
孝行をしようと思っていたおいちゃんやおばちゃんたちとも大喧嘩になり、柴又に居られなくなった寅は、旅に出ます。
さて、映画前半のこのとらやのシークエンスでの見ものは、全シリーズを通じて、おそらく唯一と思われる、おばちゃんのアバンギャルドなミニスカート姿。


この当時の巷では、イギリスのモデル、ツイッギーの大人気の影響で、日本全国の女性のスカートの丈が短くなっていました。
渡米する佐藤栄作首相に同行した夫人の寛子さんが、ミニスカート姿でタラップを上がっていったのも確かこの頃。
もちろん、マドンナの栗原小巻やさくらのスカートの丈も、みな膝上10センチでしたね。
時代や世相に密着した演出は、このシリーズならではの「楽しみどころ」です。
ちなみに、博とさくらの最初の住まいは近所のアパート。
我が家にも、本作撮影当時の自宅の写真が残っていますが、かなり共通点があってなかなか楽しめます。



さて一ヶ月後。
故郷忘れがたく、結局とらやに舞い戻ってきた寅。
しかし、二階の寅の部屋は、御前様からの紹介で、幼稚園の先生が下宿しています。
その先生が今回のマドンナ春子。
演じるのは栗原小巻です。
春子と対面した寅は、もちろん秒速で一目惚れ。
自分の部屋を奪われ、ヘソを曲げて旅に出ると言った、その舌の根も乾かぬうちに、春子先生にお熱を上げた寅は、職場である彼女の幼稚園に入り浸るようになります。


江戸川土手を、幼稚園児を引き連れて、踊りながら歩いてゆく先生の列の、最後尾にはルンルンの寅次郎がコケる姿。
思わず脳裏を掠めたのは、あの木下恵介監督の傑作「二十四の瞳」で、高峯秀子演じる大石先生が、十二人の子供たちを引き連れてシュッシュッポッポと雑木林を走っていく姿。
小林監督が、松竹が誇る珠玉の名作の名シーンにオマージュを捧げた可能性は大でしょう。

実は春子先生、映画では詳しいことは語られていないのですが、どうも家庭を顧みなかった父親と絶縁状態になっています。
その父親の余命がわずかだと彼女に伝えにくるのが、父親の友人で主治医でもある吉田医師。演じているのは、小津安二郎作品でよく見かけた名優三島雅夫。
春子に「一度会ってやってほしい」と頼みますが、彼女は頑なにそれを拒みます。
そして、しばらくすると吉田医師から、父親の臨終を伝える電話。
吉田医師は、春子に静かにこう告げます。

「あいつは、罰を受けて死んでいきましたよ。」

結局死ぬまで父親を拒否し続けた彼女は、寅の父親の命日にとらやに訪れた御前様が読経する席で、おちゃらける寅に笑いをこらえながらも、突然泣き出してしまいます。
笑っているのかと思うと、みるみるその瞳に大粒の涙が浮かんでくる栗原小巻の演技には唸ります。
当時コマキストと呼ばれた彼女の熱烈なファンたちにとっては、キュンと胸が締め付けられる場面でしょう。


しかし、事情をわかっていない寅は、元気をなくしている春子に、なんとか元気になってもらおうと、朝日印刷の職工たちを巻き込んでのてんやわんや。
傷心のマドンナを、トンチンカンながらも献身的に励ましたり、応援するというスタイルは、この後のシリーズでは度々登場する「男はつらいよ」の鉄板名物シーンとなっていきます。
マドンナに対して、まともな愛の言葉などささやくことなどできない寅の、精一杯の愛情表現がこれなんですね。
おかしさと切なさが、常に表裏一体になっているのが、寅さんの「笑い」の深いところです。
しかし、彼女が救いを求めたのは、仙台に住む「友人」の会沢。
演じるのは横内正。当時テレビドラマの水戸黄門でカクさんを演じていた人ですね。
まだ若い若い。
彼女が書いた葉書を受け取って、会沢はとらやを尋ねていきます。
そして、何も知らずに、春子の部屋に上がっていった寅は・・・

かくして、寅のシリーズ4回目の失恋が、ここに悲しくも成立。
柴又を黙って去ろうとする寅が、寝ている(ふりをしている)おいちゃんとおばちゃんにかける言葉がなんとも哀しい。

「また笑いものになるだけで、恩返しらしいことができなかったよ。」



そして、大分県の湯布院を走る久大本線の列車の中で、乗客を相手に、柴又での泥棒騒動の一席を語る寅の名調子と笑い声が響き渡るラスト。



前作公開からたった40日間というハードなスケジュールで公開された本作ではありましたが、個人的にはなかなか健闘した作品と評価いたします。
日程的な問題で、柴又中心の物語にならざるを得なかったことや、多忙の倍賞千恵子のシーンにも制約がある中で、本作のクゥオリティを一定水準に支えたのは、渥美清の芸もさることながら、個人的には、おいちゃん役の森川信のツボを心得たコミカルな演技の貢献が大きかったと思う次第。
彼がいなかったら、この映画がどうなっかは「ああ、やだやだ。俺は、知らねえよ。」

というわけで本シリーズは、次作からは、監督に山田洋次が復帰。
以降は、全作品を彼が監督し、一年にほぼ二作のペースで作られ続けてていくことになります。

さて、次回第5作目は「男はつらいよ 望郷編」❗️

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